９２・ランナーズ・ハイ２

　私は天使のエンジ・エル。かぎ状に曲がった赤紫色の翼がトレードマーク。ときどき下界の人間の心を読むのが楽しみなのだ。二年前、マラソンとかいう駆けっこに妙なやつが出場していたが、今日がその日なのだ。おっいたいた。
「今日はがんばるぞ」　ゼッケンをシャツに安全ピンで留めているぞ。
「痛い」　お約束だ。
「ちゅぱちゅぱ」　指をしゃぶるなよ。
「ああ、トイレに行きたくなった」　なるほど、緊張しているからね。
「ああすっきり」　出てきたよ。
「しかし指が痛いなあ」　その指をしゃぶるのかっ。
「さてドーピングをするか」　ただのドリンク剤ではないか。
「黄色と黒は勇気の印」　古いなっ。
「２４時間戦えますか」　よく見たらそれ、オロナミンＣだよ。
「ＥＥジャンプはユウキとソニン」　片っ方は休業中だよ。
「ファイト一発」　それも違う。
「さあてウォームアップに行こう」　お、なんか外に出たぞ。
「柔軟はしっかりと」　感心感心。
「レイクのレ」　変なポーズとるなよ。
「さあ走るか」　やっと走り出したか。
「疲れる前にやめよう」　もう終わりかよ。
「スタート地点に行こう」　そろそろ時間だな。
「あ、尿が出そうだ」　さっき出したばかりだろうが。
ぱん。「あ、スタートだ」　始まっちゃったよ。たったった。
「もれそうだ」　お、なんかペース速いぞ。
「もれるもれる」　表情、つらそうだ。
「早くゴールをしよう」　だからって１０キロ持たせる気か。
「やっぱり駄目だ」　駄目かよっ。
「よさそうな家は……」　本気だよ、こいつ。
「そろそろ５キロだ」　給水所が見えてきたぞ。
「エネルゲン飲みたい」　これ以上飲んだら大変だ。
「これが楽しみで走っているのに」　あとで缶入りを買ってやるから我慢せい。
「折り返し地点」　うわっと、急に向きを変えるなよ。
「苦しくなくなってきた」　ドーパミンが出てきたな。
「ああ、気持ちよくなってきたぞ」　ランナーズハイの状態だ。
「左のお姉ちゃんの胸…」　どこを見ているのだ。
「右のお姉ちゃんのお尻…」　左右にふらふらするなよ。
「前のお姉ちゃんに追いついて顔を見るぞ」　顔が真剣だよ。
「ようし、やる気が出てきたぞ」　意欲と欲情を混同するな。
「あの子可愛い」　二年前と同じネタかよっ。
「ラストスパート」　お、速くなった。
「二人抜いたぞ」　すごい。
「三人抜かれた」　駄目じゃん。
「ゴール」　最後だけ万歳で決めよったな。
「トイレトイレ」　我慢しながら１０キロ走ったのか。
「ふうう」　腰に両手をあてるなっ。
「サービスのドリンクをもらいに行こう」　そればっかりか。
「中学生とおばちゃんがいる」　……。
「こっちだな」　見なくてもわかるよ。
「ああ、おばちゃんが手を差し出してきたよ」　天罰。
「ごくごく、もう一杯ください」　空にしてまで中学生から欲しいのか。
「こっちはお握りか」　まさか。
「もう一つもらえますか」　こじきだよそれじゃ。
「チケットをもらった」　なんだそれは。
「ヘルスセンター無料利用券」　疲れた体をお風呂でいやそうというサービスなんだね。
「ヘルス無料利用券だったらよかったのに」　町がくれるわけないだろう！