７４・サバト（宴会編）
この文章を書いた当時の私はネットワーク社会においても実名を使っていたのであるが、それにはいくつかの理由がある。幼少のころから愛称で呼ばれることが少なかったこと、当時のホームページ用スペースを確保する際にうっかり本名で登録してしまったこと、ハンドルネームを考えるのが面倒だったこと、などである。
しかし一般的にはハンドルを使用している人の方が多いわけで、今回スキーオフに初めて参加した私は以下のような挨拶を受けた。
「KUROです」
「四号です」
「うみうしです」
「のうきです」
「八点鐘です」
ホーリーネームですか。これがエスカレートしたら大変だ。
「ポチです」
「奴隷です」
「犬神です」
「亀の子だわしです」
「アストロファイターです」
「JG1DCL mk][改です」
「水前寺ピノコです」
などと自己紹介されたらとても握手などできたものではない。
さて、一日中滑って温泉につかればあとは宴会だ。缶ビールを開け、鍋を囲む。はずむ会話。
「久しぶりだよね、冬コミ以来だよね」
「ワンフェスって主催が変わったの？」
「フリーペーパー持ってきた？」
あ。そういえばＳｙａさんに「全員ゲーマーでネットに詳しくて漫画も好きなおたくです」と言われていたのであった。
「RDRAMの128(MB)、今いくら？」
「７キロくらい？ でもまだ対応マザボがないでしょう」
「Ｆ１で日本統一するのがあったよね」
「テニスでＲＰＧというのもあったよね、ナムコの」
「全員ホームページ持っているんだね」
百歩ゆずって、これらの会話一つ一つはときどき日常でも交わされる会話だとしよう。しかし、この手の会話ばかりが何時間も続くというのはいかがなものか。みんな社会人なのに。
「このおかず何？ ちょっと『しょうたいふめいのそんさ゛い』だよね」
「あたしル’ケブレス解いたよ」
「初期値で忍者できる？」
「検索ロボットが来なくするようにするタグってなんだっけ」
「あたしレスが下がるタイプの掲示板って嫌いなんです」
「こいつのところそうだぞ」
「ワードとエクセルやらなきゃ。フォトショとシェードは二週間でおぼえたけれど」
「（『特捜リサーチ２００Ｘ』を見て）おお、アイスマンだアイスマン（氷河の下から発見されたミイラ）」
「アイスマンの子孫がＤＮＡ鑑定で見つかったんだって」
「いいよね、アイスマン」
「アイスマン萌え萌え」
「近鉄のブライアントってまだいるの」
「横浜の新外国人、バワーズ・ホージマー・ズーバー・ドスターって敵キャラか」
「”こごえるふぶき”を吐きそうだね」
「ジャンプ買ってきたよ」
「富樫（呼び捨て）落ちてない？」
「幽白の最後は鉛筆書きだったよね」
「出て出て休んで休んで、ってどこぞのＣＭかあっ」
「このコマとこのコマはコピーだよね」
「テニ王って言わないで。ああ不二格好いい。ねえ不二本作らない？」
「やっぱリョーマさまだよね」
「ねえＢＬページ作ろうよ」
「ＢＬって？」
「ボーイズ・ラブ」
「サラミ切るね。でも刃物を持つと思わず振り回したくならない？」
「こうやって（口に持っていく）刃を舐めたりね」
「やっぱり刃を横にして肋骨の隙間から」
「（ルーシー・ブラックマンさん事件を見て）復顔って肉をこそぎ取るから肉片がたまるんだって」
「水死体の検死をした人が、『三日は肉が食えない』だって。四日目から食えるんかい」
「スネーク打ちたいよね」
「ガンダムＤＶＤ買った？」
「掲示板のアイコンってどうよ」
「あたしは好き」
「おれは嫌い。重いもん」
「重いと言えば、サムネイルがただ表示サイズを小さくしただけなのあるよね」
「HEIGHTとWIDTHで設定するんだっけ」
「データ量が変わっていないからサムネイルがサムネイルになっていない」
「あんたのボーイズ・ラブページ教えなよ」
「こないだ七月さんにオフ会で会ったよ」
「ああ、あの『拳児』の」
「違うよ、拳児の人と『ジーザス』を書いた人だよ」
「スカイラブ？」
「エリーヌ！」
「昔の田中芳樹はよかったよね」
「はーい。わたし『銀英伝』四日で読んだよ」
「グインも十巻まではおもしろかったよね」
「いま何巻まで行った？」
「でも最後まで買っちゃうよねきっと」
「アイスマン萌えー」
かように興味関心が著しく偏った話題が男女問わず数時間も語られるのだ。同人サークルの打ち上げはこんなのだろうか。そういえば大学時代向かいの部室の特撮研究会のコンパではアニメソングがエンドレスで合唱されていたことを思い出す。これをご覧になっている全国のよい子のみんな、こんな大人になっちゃ駄目だぞ。
翌朝。「仮面ライダーアギト」「も〜っと！おジャ魔女どれみ」をだらだらと見ながら、しっかり一員と化して別れを惜しんでいる自分に気が付いた。
（おまけ）Ｓｙａさんは大きな瞳が印象的な綺麗な方で、「やー、パトリックさん、バカ猫ですから〜、みんなから、おい、バカ猫！呼ばわりなんですよ〜」と一人漫談のようにいつまでもぱたぱたと喋り続ける方でした。ウェブ上でのキャラそのまんま。