６４・アビーロード (it's also called "Marmalade Sky")
「イギリスに行くのなら」
高橋は言う。
「パトリック、頼みがあるんだ」
１９９４年、１月。大学４年生であった私は最後の冬休みを利用してイギリス方面への旅行を計画していた。卒業旅行だ。一人旅だけど。高橋というのは大学の寮の無二の親友である。悪友でもあるが。
「アビーロードの写真を撮ってきてくれ」
そう言って彼は説明を始めた。ロンドンにはアビーロードという通りがあって、その横断歩道を渡っている写真がビートルズのアルバムのジャケットに使われているというのだ。当時、私はビートルズをほとんど知らなかった。知っているのは以下のようなことである。
- 外人のバンドである（きっとイギリス人）
- イエスタデイが音楽の教科書に載っていた
- 『ひらけ！ポンキッキ』に曲のいくつかが使われた
- カラオケに『イエローサブマリン音頭』がある
- 「ずうとるび」はそのパロディである
しかしひどいな。特に１。今回の雑文祭に参加するようなファンには袋だたきに遭いそうである。
１月２１日（金）
昼過ぎにリバプール到着。街を見て回る。リバプール大聖堂（カシードラル）にお参り。チキンバーガーにチップス（いわゆるフライドポテトのこと）のセットで１．９０ポンドと旅日記にある（当時１£＝１６０円）。夜食にケバブ（ケバッブとも）。中近東から来た料理で、とても辛い鶏肉料理。"MANX HOTEL"に泊まるが、生っ粋のLiverpudrian（リバプールっ子）である主人のアルバートさんはサービス精神旺盛な人で、ビートルズゆかりの土地に行きたいと言ったら丁寧に説明してくれて、アルバート・ドック（リバプールの港）までクルマで連れていってくれるという。
「だから」とアルバートさん。
「日本に帰ったら、みんなにマンクス・ホテルを紹介してください」
しました。７年遅れですが。
１月２２日（土）
いざ、本格的にビートルズの旅スタート！ まずは「ビートルズ・ストーリー」なる展示館へ。
ここでは、"The Cavern"でのビートルズの結成から、世界的アイドルになるまでの足跡を辿ることができる。また、私はここで、
「ジョン・レノンが暗殺された」
ことを知った。そうだったのか。
続いて、バスツアーに参加。一・二時間でビートルズゆかりの場所を巡るのだから、手っ取り早い。しかもバスのボディにはビートルズのイラストがあった（と思う）。……なぜ写真を撮っておかなかったのか。バスが動く。ここで車内には「マジカル・ミステリー・ツアー」が鳴り響く。否が応でも雰囲気は盛り上がる。
青くて黒いのが私。なんというファッションセンスだ。真ん中の看板には"PENNY LANE"と書かれている。記念写真スポットになっており、写真を撮り終えた人は右へ。つまり私は最後なのだ。しかし誰に撮ってもらったのだろう？ 覚えていない。
バスは住宅街へ。写真が白っぽいのは窓ガラスごしに写したから。メンバーの生家であるらしい。
しかしメモしていないので誰の家か忘れてしまった。
続いて。名曲、『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』のストロベリー・フィールズである。
顔はお見苦しいのでモザイクです。しかし手の指！ 反り返っていますね。
ツアー終了。ほかにもいろいろ（なおざりな表現）まわることができ、ファンなら大満足だ。
……もっとビートルズのことを調べておけばよかった。
夕方。ビートルズの旅は続く。その辺で日本人大学教授に出会い、ビールをおごってもらう。
「ツアーでエリナ・リグビーは見たかい」
「いえ、見ませんでした。どんな人ですか」
「よくわからないがビートルズの曲に出ている有名な人らしい」
「曲にうたわれている人なのですか。どんな人でしょうね」
「よくわからないけれど、ビートルズの曲に出ているらしい」
と、二人とも全く要領を得ない。
しかしその人のおかげで、ブロンズ像に辿り着く。記念写真を撮ろうと思うが、おばさんがどっかと座っている。
「のいてください」
とは言えない小心者なので、構わずシャッターを切る。
１月２４日（月）
さて、アビーロード写真撮影の日だ。Ｂ＆Ｂ（ベッド・アンド・ブレックファスト＝安宿）の食事が貧相で力が抜ける。もともとイギリスの食事はまずいと評判なのに、量すら足りない。ウィータビックス（有名なシリアル）もベーコンも卵もＳサイズ。
現地のパンフレットを見て、アビーロードを目指す。ＢＲ（ブリティッシュ・レールウェイズ）にはワンデイ・カードというものがあって、それがあればロンドンは一日乗り放題なのである。お値段２．７０£（あくまでも当時の価格です）。
しとしとしとしと。
日付を見てもらえばわかるとおり、１月の雨。いくら北大西洋海流の影響で緯度の割には暖かいイギリスといえど、冬の雨は冷たい。しかもおりからの風。長旅に疲労した体を風雨にさらすこと、３０分。あった！ これが『アビーロード』の横断歩道！
ここで写真を撮らねばならない。寒くて仕方がないので、とっとと撮ることにする。が、撮れない。なぜか。
クルマだ。
痩せても枯れてもここはロンドンの一角、交通量は少なくない。右ハンドルの外車が目の前をひっきりなしに横切る。ご丁寧にパンフには"This road is busy."（道路は混みます）とある。雨に打たれながらクルマの途切れるのを待たなければならない。道路がすいたら傘を投げ捨てて道のどまんなかでファインダーを構えるのだ。かしゃ。
……その一
―――横断歩道って、どっちから撮ればいいの？
ファンは景色で判別できようが、私にはわからない。とりあえず両側から撮ることにする。
……その二
