５９・秋の夜長に
秋の夜は長い。今年の秋はすっかり某国民的ＲＰＧに費やしている昨今だが、今日は仕事である。かたかた。さあできた、［印刷（Ｐ）］。プリンタヘッドは忙しそうに行ったり来たりするが、吐き出される紙は白いまま。インク切れ。こういうとき夜遅くまで開いている電器店はありがたい。
インクカートリッジはすぐに見つかったが、テレビ売り場の前で、家のテレビが壊れていることを思い出す。私のテレビはなんの前触れもなくぼんやりしてしまうのだ。いや、呼んでも返事をしないのではなくて、画面の話である。最近のバラエティでよくある手法だが「答えはＣＭの後で」と言われ我慢してＣＭを見ていると、ぼやんとソフトフォーカス化が始まる。もう何がなんだかわからない。オリンピックの柔道中継がぼやんとすると、白いエクトプラズムと青いエクトプラズムの兄弟喧嘩のようである。がっかり。ちなみにがっかり度数過去最高は『トゥナイト２・女子大生イメクラ潜入！』である。
意外だったのはテレビは安いということである。今使っている松下の１４型は十年前三万円で購入したのだが、それと同じ値段でフナイの２５型が買えてしまう。買おうか。いや待て、よく見るとこれだけ映りが悪い。ほかにもチューナー内蔵だのステレオだのフラットだのスペックに個性があるようだ。私にとっての関心事はただ一つ。
「（ゲーム機が接続できるように）ＲＧＢ２１ピン端子があるかどうか」
しかしそれもＳ端子やビデオ端子とかいう新人に駆逐されてしまったようだ。ＭＳＸからの付き合いなのに。
ここは慎重に買い物をしようと、目を凝らして画面の一つ一つを見やる、
プロ野球新人選択ドラフト会議のようにずらり並んだ画面には、洋画が映し出されている。白人の中年男性と若い女性がホテルの部屋に入っていく。二言みこと交わすと、なんと男は女を脱がし始めたのである。
「きみの体が一番だ」と字幕スーパー。
ちょっと待て。テレビを食い入るように見つめる私。その画面の中では白人女性が豊満な肢体を見せつけている。私は画面の一つ一つを品定めしようと凝視しているのだが、はたから見れば大型テレビに映ったベッドシーンを目を見開いて見つめている独身男性そのものではないか。
知らないおばさんが、
「まあなんてこと。あんなビデオなら家に帰ってから見ればいいのに。この恥知らず」
と汚物を見る目で通り過ぎる。
「あいやそこな婦人、レンタルビデオの料金を節約しているとは誤解なり。それがしの関心事は受像機の性能のみ、白人のまぐわいに目が釘付けになったわけではござらぬ」などとは、どうしてもそれだけは言えなかったわけで、黙って白眼視に耐えざるを得ない。
ついに女性は上半身に着けていたものをすべて外し、メロンのような乳房が現れる。
「おおう」
私の目は釘付けになった。
はっ。そうではない。こういうときは店員を呼ぼう。なんて？
「すみません画面がエロティックなので変えてください」
言えるか。もう少し居丈高に言ってみようか。
「きみきみこの番組はなんだね。このような猥褻な映像はけしからんではないか。いったい子どもにどう説明すればいいのでしょう（「朝日新聞の投書欄」調）。即刻やめてくれたまえ。ぷんぷん」
私の居丈高はこんなものか。しかし店員はなぜ見て見ぬふりをしてダスターで商品を拭いているのか。
「ねえじらさないで」
「今日は積極的じゃないか」
「そういうふうに仕込んだのは幹事長よ」
どうやら会社役員と秘書の秘め事であるらしい。しかし幹事長って。海外にも幹事長があるのか。教えてくれ、字幕の戸田奈津子さん。
「ああいいわ」
「そこをお願い」
「ねえ早く来て」
なんなんだこの映画は。ホテルの深夜ビデオの電波を拾っているのか。脂粉の匂いがするようなシーンを延々と映してどうするのだ。だいたいそこってどこだ。ちゃんと声に出して言ってみなさい。聞こえないなあもう一度言って見ろ、うへへへへ（以下自粛）。
しかしこんなのを翻訳している字幕の人も嫌だろうなあ。嫌を通り越して腹が立ってくるかもしれない。
"Oh, feel good,"
"Touch there tenderly,"
"Please. I can't stand it. Come on."
などと連発された日には私だったら切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだろう。
「今度は私がサービスするわ」 わ。
「うむ。いいぞ」
「ねえ」
「ん？」
「幹事長も感じちゃう？」
だから原文は何なんだよう。その香港映画のような吹き替えは一体。
これ以上見続けることに耐えられない。しかしちょっと情事のシーンがあったくらいで赤面してその場を離れるのも勝ち負けで言えば負けたような気がして我慢できない。引くも地獄、進むも地獄。ここに進退窮まった。
早く別のシーンになってくれという私の希望を踏みにじって、ブラウン管の中の二人の夜はまだ続く。