５８・カットオフ・ザ・ノウズヘア
夏にラジオを聞いていたら、売り出し中の女の子たちがディスクジョッキーの男二人に招かれ、こんな会話をしていた。
男１「今日のお客様は『ティンクル』のお二人でーす」
女１「あゆみでーす」
女２「まりもでーす」
男１「初めてお会いしますね」
女１・２（声をそろえて）「そうですねー」
男２「ムダ毛の処理はどうしているんですか」
男１「いきなりかい」
これはなかなかすばらしいギャグではないか。私は大爆笑した。いつかこのギャグを使ってみたいとうずうずしているのだが、なかなか機会に恵まれない。早くこんなジョークに理解のある女性と初めて会ってみたいものだ。しかも短期間だけの付き合いで二度と会わないような人と。後腐れのないように。
いやでもそれで「寝る前にエピレーターを使っています」なんて切り返してくる女性がいたらそれこそこちらからおつき合いをお願いしたいものだ。
と世間では「デリケートな部分」（この言い方も苦労がしのばれますね）の処理ばかり話題に上っているが、皆さんはお忘れではないだろうか。
鼻毛。英語で言えばノウズ・ヘアだ。嘘じゃないって。
私はエピレーターは持っていないが、鼻毛カッターなら持っている。今まで使っていたものはペンライトのような形状をしている。切れ味が悪くなったのでコンビニで新しいものを買い求めた。新しいものはちょっと太めのライターから二段になった円筒が突き出ているような形をしている。
「日立鼻毛カッター ＢＭ−０２」
株式会社日立製作所謹製である。下請けの子会社ではない。しかし０２である。きっと初代の０１が存在したのだ。これも企画会議を経てモックアップが作られあまたのモニターの鼻穴に突き刺され製品化したのであろう。
その証拠に、ボディには「mini cutter」と白く印刷されている。これが「鼻毛カッター（ゴシック体）」だったら女性のバッグには入りづらいだろう。特に「あなたの鞄の中身見せてください」という企画には不向きだ。
幅一センチほどのブラシも付いて９８０円とお買い得。しかし替え刃（形番Ｃ−９）は５００円だ。
電気製品であるからして「ご注意とお願い」がある。
「鼻毛専用です。他の用途には使用しないでください。」
ぶいいいん。さっそくすねの毛を切ってみた。ちょっぴりむなしくなった。
鼻毛は文学にも登場する。
『今度は鼻の穴へ親指と人さし指を入れて鼻毛をぐっと抜く。』
私の雑文ではない。漱石の『吾輩は猫である』である。略してワガネコ。
『主人は平気な顔で鼻毛を一本一本丁寧に原稿用紙の上へ植付ける。肉が付いて居るのでぴんと針を立てた如くに立つ。主人は思わぬ発見をして感じ入った体で、ふっと吹いて見る。粘着力が強いので決して飛ばない。』
ありますよね、鼻毛をうまく抜いたときの気持ちよさ。しかも太くて長いのが途中で切れずに抜けたときは至福の気分と言っても言いすぎではないだろう。しかも断面が円ではないので人さし指と親指の間で転がすと六角形の鉛筆のようにごろごろした感覚が指の表面に伝わる。ああ。エクスタシー。
『赤いのや、黒いのや、種種の色が交じる中に一本真っ白なのがある。（略）其鼻毛を細君の顔の前へ出す。（略）「一寸見ろ、鼻毛の白髪だ」と主人は大に感動した様子である。』
こういうのを「実際に体験した人でないと書けない文章」というのでしょうか。しかし「赤いの」って一体。しかも「黒いの」よりも真っ先に「赤いの」が登場するとはどういうことだ。赤い鼻毛。
しかし世間には鼻毛に頓着しない人が、特に中年男性に多いようだ。
「うちの保険のニコニココースでは、月々８０００円のご入金で入院、二週間以上の通院はもちろん、地震火事などの災害にもお金が下りてくるので安心できます」 でも鼻毛。
……鼻毛を伸ばした保険勧誘員なんて、安心できるか。
「今のところ止まれの標識あったでしょ？ 前に大きな通りがあって一時停止のところだから、安全のために止まってもらわないと困るんだよね」 でも鼻毛。
……一時停止の検挙なんて陰に隠れているくせに、さらに鼻毛を伸ばした警察官に説教されるとは。
「南無山至尊寺は法弘大師さまが開いたお寺で、キリストの墓があると言い伝えられており、重要文化財に指定されております。かしこみかしこみ」
……ただでさえ眉唾な話なのに、坊さん、鼻毛鼻毛。
「君たちはこれで中学校を卒業するわけだが、楽しかったことも、つらかったことも、中学三年間で得た思い出を胸に、人生の荒波の中へ突き進んで欲しい」
……先生、ただでさえ生徒は下から見上げているので、視線は鼻毛一点に集中しています。
「今日からお世話になります、矢島銀太郎ですっ。よろしくお願いします」 でも鼻毛が飛び出ている。
「新しい元号は、平成です」 でも鼻毛。
「シングルモルト・ウィスキー『ラガヴァリン』の特徴はそのバニラの香りです」 でも鼻毛。
「背負い投げ一本、やりました金メダル！ ガッツポーズで声援に応えています」 でも鼻毛。
「鍋で煮るときにお酢を少々たらしておくのが隠し味です」 でも鼻毛。
「ああ は゜とり しんて゛しまうとは なにこ゛とた゛！」 でも鼻毛。
「フォー・ビューティフル・ヒューマン・ライフ」 でも鼻毛。
「ずっと言いたくて言えなかったコトがあるの……パトリックくん、あなたのことを……」 でも鼻毛。
そんな奴等は、みんなまとめて鼻毛カッターだ。ぶいいいん。ブラシも付いているぞ。