４９・鶯男

　私がウグイス男になったのには訳がある。でもきっと想像もつかないだろう。
　朝、目が覚めると変身していたわけではない。
　鳥人間コンテストのお笑い部門で鳥の仮装をしたまま「くるっくー」などと言いながら琵琶湖へ鉛直落下したわけでもない。だいたいその鳴き声はハトだ。
　子どもに石をぶつけられて死んだ鳥の怨念がこもったショッカーの怪人でもない。「そんなのいたっけ」なんてインターネットで検索しないでね。いま作ったから。

　ひょんなきっかけでソフトボール大会に出場することになったのだが、初日で我がチームは負けてしまったので大会役員をするように言われたのだ。そんな。私がソフトにかかわるようになったのは今年からだというのに。でも、どうせ仕事はないのだから、グラウンドにトンボをかけるぐらいやってやろう。
「ここに座って」
　え。ソフトボール部長とソフトボール協会理事の間の席である。
「はいオーダー表」
「オーダー表とプログラムの選手一覧とを照合して」
　１チーム二十数名の選手の氏名と背番号を確認するのだからけっこう骨である。オーダー表は打順で並べられているがプログラムはたいてい背番号順に並べられているのでいちいち探さなければいけない。しかもそれが２チーム。しかしそんなのとは全く比べ物にならない困難な仕事が私を待ち受けていた。
「パトリックさん、場内アナウンスを頼む」
　困惑顔の私にもう一声がかかる。
「猫の手も借りたいんだからさ」

　ソフトボールの試合の前にはフィールディングと呼ばれる守備練習があり、制限時間が決められている。
「ペンギンズ、フィールディングをお願いします」
「あと１分です」
「時間です。終了してください」
　と、これだけなら簡単だが、その間に、
「二回戦Ａコート第３試合ペンギンズ対レッズの試合の前に審判団の紹介をいたします。球審橘高さん、一塁田中さん、二塁友寄さん、……以上５氏で行われます」などとアンパイアの名を読み上げることになっているのだ。
　あ、始まった。三者凡退。出番だ。緊張するぞ。私も二十歳を越えて緊張する場面が来るとは思わなかった。とりあえずプロ野球のアナウンスを思い出してやってみよう。
「……一回の表、ペンギンズの攻撃、得点、ゼロ」
「『の攻撃』はいらないよ。それから『ゼロ』でなくて『ありません』と言ってくれ」
「……お客様、ファールボールの行方にはじゅうぶんお気をつけください」
「それもいらない」
「……そうですか、すみません」
「スイッチ、入っているよ！」
「……一回の裏、レッズ、得点、２」　これでよかろう。
「もっと明るい声で言ってくれ」
　人選ミスか、さもなければなにかの陰謀であろう。