３８・ホワイトライト
スノーボードを装着して、スキーリフトから降りるのは、意外と緊張するものである。もともとスキーヤーのための施設であるから新参者たるボーダーとしては我慢するしかない。着地点に斜面が続いている場合は、降りるたびに転倒を覚悟しなければいけない。それでは斜面でなく平面ならいいかと言うと、後から来る人を避けるために追い出されるように逃げなければいけない。だが慌てて空いている方の足で雪面をえぐってしまいできた穴は、「壺足（つぼあし）」と呼ばれボーダー仲間からは軽蔑の対象となる。
また、最近では転倒した女性ボーダーが産婦人科の門を叩くことも多いとのこと。転倒したところを「大丈夫ですかあ（はあと｛ウィズ爽やかな笑顔［および下心］｝）」とさりげなくナンパされ、そのまま一夜の情熱を共にし一発ホームランの結果お腹が膨らんだ訳ではなく、転倒してビンディングのそそり立ったヒールパッドを自分の、ええと、ほら、あれだ、うー、女陰に突き立ててしまう人が多いとのこと。つるかめつるかめ。
で、私の場合。気が付くと、ベルトがないのだ。私のはいているソフトブーツは、つま先と足の甲を二本のベルトで固定することになっている。そのベルトが、はまらない。よく見ると樹脂製のベルトが途中で折れているのだ。これでは締められない。リフトから降りて泡を食いながらスケーティングをしているうちに折れてしまったらしい。幸い、足の甲の方のベルトは無事である。つま先がぴょこぴょこ動く。試しにそろそろと滑る。バックサイドに体重をかけたとき、右足のつま先がふわっと浮く感覚がする。それでも、ようやっとのことで滑り降りた。
ところで、私の首には３時間１５００円のリフト券がかかっている。まだ１時間しか遊んでいないのに。無念なり。その日は諦めて帰路に就く。しかし修理しなければいけない。ビンディング全体を交換しなければいけないのか。せめて右足だけで済むのならいいのだが。
一週間後。復讐戦をせんがため、私はスキー場にやってきた。今回は新兵器ホワイトライトがある。実は壊れた翌日すぐに店に修理に出してあるのだ。若い兄ちゃんに見せると「トゥストラップ」なる部品を持ってきて、ドライバー一本で交換と相成った。工賃含めて３０００円なり。しかもラチェットを利用しており、レバーをきこきこすると締まるという便利物だ。もともとのビンディングは黒一色だったのだが、新しいストラップは白い。しかも右だけが白色。よって「ホワイトライト」と名付けることにした。米国陸軍特殊部隊はグリンベレー。装甲騎兵はレッドショルダー。ちなみに私の初代マイカーはホワイトカルタス。愛用の自転車はシルバーホーク。現在の自家用車ステップワゴンは「すてっぴい」。ネーミングセンスが悪くてすみません。
ともあれはやる気持ちを押さえてリフト券を買う。１０００円の１時間券だ。一回券が２００円なので、５回乗れば元がとれるわけだ。さあリフトでゴー。
難所の「降り場」もクリアーし、据え付けベンチ、つまり逆さになったビールケースに腰掛け、空いている右足を装着する。
あ。
届かない。ストラップが届かないのだ。足をのけると閉まる。足が太すぎるのか。まさか。つま先に太い細いなんてあるか。ストラップの裏を見ると、ねじで五段階に長さを調整できる機構になっている。そして現在のねじの位置は「もっとも短い」状態に調整されている。
おい。
スポーツ用品屋の兄ちゃん、これはちょっといかがなものか。いくら取りつけてもらっても、足が通らない長さなんてあるか。いや自分で調整してもよいが、それならそうと一言いってくれ。だって私はスキー場のてっぺんにいるのだ。しかたあるまい。前回のようにトゥストラップを外したまま滑り降り、車載工具で直そう。
しかしこんなことがあっていいのかスケーティング。店に文句を言ってやろうかペダリング（左右に踏むことでねじれを作ること）。部品代ただというのは行き過ぎかなフロントターン。自分で修理したのを見せてどうなるというのだバックターン。ワックスぐらいもらえるかなギルランデ。これで転んで鼻血を出したらいつかと同じだなプルークボーゲン（まさか）。
これがアメリカならフェイキー（後ろ向き）。危険な状態で滑らざるをえない状況に追い込んだとか言ってカービングターン。心理的ダメージも受けましたエアー（ジャンプのこと）でグラブ（ボードをつかむ）。修理していた分リフト券が無駄になったワンエイティ（１８０°ターン）。その分の逸失利益をバックフリップ（バク転）。弁償しなさい１万ドルなんて言うんだろうなあシフティ（ひねり）。まったく訴訟社会はロデオフリップ（斜めバク転）。
と心の中で思いながらそろそろと滑り降りてきた。ちなみにフェイキー以降の技の名前は口に出してみただけです。私ができるはずがありません。
駐車場に戻り「すてっぴい」の横でストラップの長さを修正。途中ねじを柔らかい雪の中に落としてしまい、探すのに苦労する。雪は降り続き、指もうまく動かないが、どうにか直す。
再びスケーティングし、リフト乗り場へ。係のおじちゃんがほうきを持ってリフトの雪を払っている。
「お願いしまあす」
「どうぞ。……お客さん、ちょっと」
「何です？」
「時間、過ぎていますよ」