２８・六年前の悪戯
今までみなさんには隠していたが、私はいたずらが好きである。いたずらといってもそんな凶悪なものではなく、せいぜい、友達に借りていたファミコンカセットを返すときにちょっと小ぎれいな箱に詰めて女の子からファンシーなカードを貰って「○○さんへ」とその人の名前を書き、ちょっと期待させるとか、食事でもなんでもいいけれど連れが席に忘れていった鞄を何食わぬ顔で拾い、「あっさっきのところにカバン忘れた」と思い出した刹那「こういうやつかい」と後ろ手にしていた鞄を突きつけるとか、スキーで前を滑っていた人が転倒すると「おーい大丈夫か」と心配そうな表情を見せながら寸前横ブレーキをかけ、雪を飛沫（しぶき）のように直撃させる「ブリザードアタック（TM）」とか、その程度であるが、ブリザードアタックは一度本当に痛がっている人に浴びせてしまい、
「なあ、今のわざと？」
と素の顔で言われて以来、控えるようにしている。
……しかし困った。結婚式で何が困るかと言えば、話をする相手がいないのである。
私は今、友達の結婚式に参加している。旦那の友人としてである。これがいっそ参加者が６０人とも初対面であれば、「私はこういうものですが」と自己紹介から打ち解けていけるのだが、私以外の人間は何かの集団に属しているようである。まず、もちろん両家の親類縁者。新婦側（とにかく知らない）。新郎側だって、高校以前の友人。大学の学科の同級生。社会科の研究室の人たち。私と彼の接点であるところの、大学の学寮つながりは私だけなのである。私の座ったテーブルには、私と同世代の人間が集められているようだがそれでも見知らぬ人ばかりである。そもそもテーブルには座らないか。
だからせめて隣には女の子を配置してくれ、と以前の電話で約束したのに。
こういうときには酒の力を借りねばなるまい。と言っても、へべれけになるまで酔って、
「いやあどうもどうも、まんず今日は本当におめでとさんす。いやあ野郎もめんけえ嫁コもらったもんだすな」
といきなり田舎風にフランクになるのでもないし、拍子木を打ちながら、
「あなたのお名前なんてえの」
と戸籍調査をするわけにもいかない。ここは流儀に則り、見知らぬ人であっても、ビールが少ししか減っていなくても、ビールを注いで話のきっかけをつかむしかあるまい。まず右だ。
「どうぞ」
「どうも」
あ、終わってしまった。会話終了。今度は左だ。どうぞ。とぽとぽ。
「ありがとうございます。ところで、パトリック（仮名）さんとお読みするんですか、○○くんのお知り合いですか……」
「はい私は……」
よしよし、これであなたは旧知の仲だ。決めた。決めたんだぞ。たぶん今日しか会わないけれど。
かくして私は左の男と話が弾んだが、彼はさほど気のきく人ではないようだ。物腰も丁寧だし適度にユーモアを交えて話すのだが、どうもビールを注ぐ、という思考回路がつながっていないらしい。もう私のグラスは空である。こういうときの非常手段、「自分が欲しいときは他人に注げ」だ、右の男に注いでやれ。どうぞ。
「はい、どうぞ」
これは右の男の台詞ではない。その男の連れらしい、もう一つ右の女が代理で私に返杯したのだ。男がぼやっとしている分、女が気が利くらしい。彼女を、大切にするんだぞ。
十分後。右の男はなんと水割りを飲んでいた。ううむ、そこまで私の「ビールお注ぎしますわ」攻撃をかわそうというのか。そこまで言うならそれもよかろう。言っていないけれど。まあよい。左の男はどうだ。
「ふいい、なんかいい気持ちになってきましたねえ」 ……あかん。
結局それから手酌でビールをあおることになった。これでは家で飲んでいるのと変わらない。
そのとき主賓が招いた。この席で私がよく知る唯一の人物、つまり新郎が私を手招きしている。しかもとなりに女の子がいる。今から女の子を紹介してくれるのか。約束が果たせなかった埋め合わせか。
「こちらが、ワープロのパトリックくん」と新郎。
ワープロのパトリック？ 技術のソニーみたいなものか。
「こんにちは。あのときは、大変だったんですよ」
笑いながら、でもびっくりマークが三つも付くような調子で彼女は私を難詰した。ワープロ、ワープロ。……思い出した！
あれは六年前、彼も私も大学卒業を控えたころである。論文執筆に必要だと言うので、彼はワープロをどこからか入手してきた。そして私に基本操作を教えてくれと言う。改行・挿入・切り取り。用紙設定。単語登録。と、私も彼のためにまじめにレクチャーした。
特に、「じゅうしょ」→「東京都東久留米市以下略」、「てる」→「０４２４○○××××」、「しゃきょう」→「社会教育」という単語登録に手を叩いて彼は喜んだ。そのとき、不意に悪戯心がその鎌首をもたげたのである。もっと便利になるように、単語登録をして差し上げるというサービスを追加したのである。彼のいないところで。
「けんきゅう」→「暇つぶし」
「しゃかいきょういく」→「性教育」
「じょぶん」→「まあ聞けや」
「ふぃーるどわーく」→「東京ナンパストリート」
「こみゅにてぃ」→「ボディスペシャル」
「ちいきしゃかい」→「ボディスペシャルII」
「かんけい」→「強姦」
「かてい」→「とろろこんぶ」
「がっこう」→「ディズニーランド」
「とかんがえられる」→「１００％ＳＯかもね」
「序文。子どもの発育には地域社会・学校・家庭の三者がおのおのの機能を十全に理解し関係していくことが必要とされると考えられる」は、以下のようになる。
「まあ聞けや。子どもの発育には、ボディスペシャルII・ディズニーランド・とろろこんぶの三者がおのおのの機能を十全に理解して強姦していくことが必要とされる１００％ＳＯかもね」
そう言えばそのあと、彼に「あれはある女の子からの借り物だったんだ、大変だったんだからな」と怒られた記憶がある。一生会うまいと思っていたのに、まさか。
それで彼の卒論が通らず、卒業にもう一年かかったのでなければいいが。