２７・芝浜ミレニアム
「当たったよ当たっているよ」
なんだい朝から騒々しい。相変わらずうるさい嬶（かかあ）だ。
「年末ジャンボ、景品で貰ったのが一枚あったろう」
「それが何か……当たったってえのか」
「そうなんだよ。１８７組の」
「１８７組の」
「５３５８５９６３」
「いやな組のゴミ小屋でご苦労さん、がか。三億円か」
「もっと下」
「１００円か」
「下すぎるよ」
「で、いくらだ」
「１００万円」
「くーいずはんたー！」
まとまったお金など持ったことのない男です、飲めや歌えやの大騒ぎ。ふだん飲んでいる発泡酒ビールの代わりにエビスビールを、おつまみのサバ缶の代わりにカニ缶を、幕の内弁当の漬物を食べないで残す、スーパーのクリーミーカニコロッケを「半額」のシールが貼られないうちに定価で買う、というふだんからすれば清水の舞台から飛び降りるような贅沢をしたのです。そのまま男は酔っ払って寝てしまいます。
「ちょっとあんた、起きてよ」
「んん、今日は贅沢してマクドナルドでなくモスバーガーにしようか」
「なに寝ぼけているんだい、そんなお金持ちが行くようなところ」
「だって１００万円が」
「なんのこと？ 夢でも見たんだよ」
「おまえが教えてくれたんじゃないか、当たっているって」
「ああそういえば当たっていたね、町内会の今週のどぶさらい当番」
「そうそう冬は寒くて冷たくって……って違うよ、ねーん末ジャンボで宝っくじってあれだよ」
「夢でも見たんじゃないかい。それよりどうするんだよ、昨夕（ゆうべ）こんなに買ってきちゃってさ」
「くじが当たったのが夢だったって言うのかい」
「うん」
「このエビスビールと、カニ缶と、クリーミーカニコロッケは現実だってのか」
「……残っている漬物、食べる？」
男は使っちまった分を取り戻すため、好きな酒も絶って一生懸命働きました。春は入学式シーズンですから、洋品店で冨士ヨットの制服を売りさばきました。夏はスポーツ。プロ野球ダイエーホークスの福岡ドームの中でビールを売りさばきました。秋は収穫の秋。農家の手伝いをして、ナスの取り入れをしました。
そして一年たった、大晦日（みそか）の夜。
「あんた、今年はよくがんばったねえ」
「てへへ」
「このぐうたらで怠け者で小心者で碌でなしで社会生活不適格で駄目人間のあんたが」
「そこまで言うか」
「あたしね、あんたにね、言わなきゃならないことがあるんだよ」
「なんだい」
「去年の今ごろさ、宝くじ、当たったって言ってたでしょ」
「ああ、そういう夢を見たんだよな」
「あれ、夢じゃなくて本当なんだよ」
「え」
「いつも貧乏なのに大金が入った途端無駄遣いするあんたを見てたら悔しくなってさ、あんたにね、ちっとは働いて真人間になって欲しくて、ひと芝居うったんだよ。ごめんね、あんた。憎いと思ったら、あたしをぶって」
「ぶつもんか。お前のおかげでここまで頑張れたんだ。礼を言うよ。……おや、除夜の鐘だよ。ほら、ごーんって」
「ああ、聞こえるね、また。ごーん。そうだねえ、じゃあ一杯飲むかい」
「禁酒しているの知っているくせに」
「一杯だけだから。ほらお猪口（ちょこ）持ちなよ」
「そうかい。じゃあ一杯だけ。おっとっと」
「……どうしたの。早く飲みなよ」
「よそう。夢になるといけねえ」
「……という夢を見たのだ」
「初夢でか」
「一冨士、二鷹、三茄子とそろっていて縁起がいいんだが、ちょっとな」
「ちょっとどうした」
「夢になるといけないんだろう。だから初夢と言っていいのか、よくないのか、よくわからないんだ」