１８・コンピュータと私
初めて買ったパソコンはナショナルのＪＲ−２００だった。当時は消費税なんてものはなく７９８００円だったことを記憶している。ナショナルである。当時松下電器はパソコンにパナソニックという商標を使っていない。当時小学生だった私は『子供の科学』誌を片手に、毎週日曜日には近所の電気屋まで自転車をこぎ、家庭用テレビにＲＦ接続された画面を見つめ以下のようなプログラムを打ち込んでいた。
１０ ＰＲＩＮＴ ”ドチラニイキマスカ”
２０ ＩＮＰＵＴ ”ヒダリ−１ ミギ−２”；Ａ
３０ ＩＦ Ａ＝１ ＴＨＥＮ ＧＯＴＯ ６０
４０ ＰＲＩＮＴ ”ミギニイキマシタ”
５０ ＥＮＤ
６０ ＰＲＩＮＴ ”ヒダリニイキマシタ”
……ぼーっ。おっといけない。これを打ち込んでいたら小学生時代にタイムトリップしてしまった。家電の店であるから、電気ストーブが煌々と燃えていたのを思い出す。しみじみ。「右」にいくときの処理が悪い、なんて人のセンチメンタル気分を破壊する人と、私は友達になりたくない。
また、電気屋の奥さんが美人だった。黒々としたボブカットの似合う人で、真っ正面から見据えられると照れてうつむいてしまったのを思い出す。帰宅すると自分の母親と比べなぜうちの母親は十人並みなのか悩んだのも、今となってはいい思い出である。
また、『子科』の記事で予習していたので大文字や仮名、INSキーやRUBOUT（いわゆるBS）キーの使い方は知っていたが、リターンキーの存在を知らなかったので、上の例で言えば”イキマスカ”のあとはひたすらスペースバーを叩き、カーソルを右に動かし次の行の先頭に来たところで２０行目を打ち込んで、ＲＵＮしても動かなかったのも、今となってはいい思い出である。
その前に、シャープのＭＺ−８０Ｋが家に来た。私があまりマイコンマイコン言うものだから工業専門学校に通っている近所の青年から親がもらってきたのだという。当時のシャープはクリーンコンピュータという設計思想を採用し、電源をつけてからＭＺベーシックのテープのカウンタが２４になるのを首を長くして待っていたものだ。そのとき弟がコードに脚を引っかけて兄弟喧嘩の原因となったのも、今となってはいい思い出である。
しかし２４かあ。長いような短いような。ひょっとしたら肥大化したＯＳに、ハードウェアをたくさん接続しフォントを多量に登録してネットワークにつないでFindFastなんて意味のないソフトを常駐させたのよりは起動するのが速かったりして。なんてアンチＭＳサイトかここは。
長い間コンピュータを使っているとやはり奇妙なモノを目にすることもある。なんと言っても忘れたころにやってくる「私の名前はクリストファー・エリクソン」も困ったものだが、パソコン通信の書き込みにも奇妙なものもある。
敢えて名は秘すスポーツフォーラムで、日本代表がフランスワールドカップ予選で苦境に陥ったとき、ジーコの信者さんがやたら活発に書き込みをおこなった。
「加茂監督の起用は納得がいかない」→「ジーコを監督にしろ！」
「アーセン・ベンゲルさんに監督をやって欲しい」→「ジーコだ！」
「このシステムではサイドバックの負担が大きすぎるのではないか」→「ジーコを呼べ！」
「スタッドレスタイヤを買いたい」→「やっぱりイエローハット！」
「消費者金融と言えば」→「ひとりででき太！」
「おじいちゃんがお餅をのどにつまらせた」→「ジーコを呼べ！」
「クルマの鍵のとじ込みをしてしまった」→「ジーコ！ ジーコ！ ジーコ！」
とほとんどキ印な書き込みが散見された。ええと、どこのフォーラムだっけ。
こういうのもあった。とある外国語のフォーラムである。
「こんど英語の検定試験を受けるのですが、ある点数に達しなければ周りのみんなにご飯をおごるという約束を結んでしまいました。でも自信がありません。勉強しているうちにそこまで届かないことが明らかになってきました。で、どなたか代わりに受験してくれませんか。お礼はします」
身も知らぬ人にお礼するぐらいなら友達におごった方がいいと思うのだが。こんな鍋薬缶のような人にも、パソ通仲間は優しい。優しすぎるほどに。
「やっぱり自力で受けた方がいいですよ」
「これからがんばれば大丈夫」
「落ちたら落ちたでいい経験になりますよ」
でもやはり王様は裸と言う人がいて、
「○○さん、寝言は寝てから言うものだよ」 この一行レスに、拍手。
奇妙と言うか、なんと言うか、いかがわしいサイトの入り口に「２０歳以上で良識がある」「未成年あるいは性描写に興味がないあるいは現実と空想の区別がつかない」のような二者択一があることが多い。これで「ノー」を選ぶとどこに行くかは興味深い。ヤフーやプロバイダのトップページが一般的だが農協や首相官邸に飛ぶページもある。尼寺、というのには笑わされた。
話がそれた。職場で、仕事の資料を集めるためネットサーフィン（死語）をしていた。「差別語・使用を控えた方がいい用語集」というページへのリンクを見つけ、覗いてみることにした。かちり。すると画面に現れたのは、くだんの「良識ある成年」「そうでない未成年」というよくある二者択一である。
「パトリックくん、この間お願いしたことなんだけど」 職場の先輩が背後に立った。
「あ、あ、あ」
「ああ失礼。お構いなく。この間のお願いしたことなんだけど、締め切りがね……」
いや、お構いなく、じゃなくって。私は決して仕事中に猥褻サイトなんか。違いますったら。