１１・誰がこまどり笑わせた

　仕事場に出入りの商人が来る。かと言って、スクーターに乗った三河屋の三平さんや移動薬品販売業フロム富山などが来るわけではない。事務用品業者や銀行員、本屋などである。
　私の机からは戸棚が陰になって見えづらいのだが、彼は、勧められた茶を飲みながら新聞を見ているようだ。
「くっくっくっ」　正確には声を押し殺している。
「ぷーっ」　これも正確には声を出さずに吹き出している。
「くくくくく」　笑いという快楽をもう一度味わうため、おもしろいところを見直している様子。

　垣間見た結果、分析はこうだ。新聞記事に大の大人が吹き出すほどの笑うべき記事を見つけたが、なにぶん営業活動の真っ最中。応接ソファに座り応接テーブルの上で応接番茶を飲みながら新聞を見てケラケラと呵々大笑したら、彼はここに出入り禁止となってしまうだろう。だって我々は私も含め真摯に仕事をしているのだから。実を言うと私は暇ができたので両手の爪を切っていたのだが、それでもフィンガーにおける角質切断作業に、真摯に、勤しんでいるのだ。だからこそ営業マンの姿を見る暇があったとも言うが。

　彼がいなくなった後、何が彼をして笑わしめたか捜査活動を行うこととした。一面、テレビ欄にはそれらしき記事はない。やはり内側か。
「横断中にはねられお年寄り死亡」
「産廃不法投棄の社長書類送検」
「神奈川県警　ＪＣＯ社員をノーパンしゃぶしゃぶ接待」
　今日は暗いニュースが多い。

「ホールインワン詐欺に懲役３年求刑」
　私はゴルフをしたことがないのでよくわからないが、近ごろじゃホールインワンになると保険金がもらえるのか。「ホールインワンを装った『達成報告兼証明書』にキャディーの偽のサインを記載し」　手が込んでいるな。しかしそもそも保険金というのは事故病気など悪いことがあったらもらえるものだろう。つまり上司が「ホールインワンか、運が悪かったな、まあこれで温かいものでも食えや」と万札を握らすようなものか。ホールインワンって不幸なのか。九連宝燈みたいなものか。わかった、近ごろでは余命半年で保険金がもらえるがん保険があるが、それと同じだ。ホールインワンすると尾の先端に三角形を付けた悪魔が降りてきて、「お前の余命はあと半年だ」と宣告するのだろう。あな恐ろしや。

「食中毒で２０人入院　サルモネラ菌検出」
　これか！　すわっ！　先ほどの男は出入りの業者のふりをして、実はＢＣ兵器の使い手だったのだ。先日寿司屋を訪れた彼は、しこみシューズのかかとからサルモネラ菌カプセルを取り出し、寿司屋のおやじが「がりお待ち」なんてやっている間に酢飯に菌を振りかけたのだ。無差別集団テロだ。自分の罪を罪と思わず、思い出し笑いにふけるとはなんて非道な。やはり尾の先端に三角形が付いているに違いない。

　まあ待て、人を呪わば穴二つ、疑うのはよくない。ただのマニアかも知れぬ。「動物園から逃げたリスザル、住宅街に逃げ込む」　きっと彼はリスザルマニアで、動物園という軛（くびき）から解放され、ホモサピエンスを嘲笑するかのように電線づたいに逃げる姿に快哉を叫んでいたのかも知れぬ。営業カーのハンドルを握りしめ、「どうして動物園で栗鼠猿を飼うのだ。人間よ、もう止せ、こんなことは」と涙を流しながら帰社した可能性もある。彼は危ない。ながら運転はよくないからだ。
　それとも旅行マニアか。空席情報を見て、「×××××、秋田・東京便はこれで２１日連続満席だ。やったぜ新記録！　しかしオーバーブッキングにならねばよいが」「関空行きは◎○◎◎◎○で空席ばかりだな。これでは採算が合わぬ」　などと一人悦に入って笑ってしまったのかも知れぬ。侮れじ航空業界。ＡＮＡ恐ろしや。
「うむ、満潮７：０８、干潮１６：０９か、そろそろフジツボも入水する時刻だな」という「今日のこよみ」マニアの線も捨てきれない。

　こうしてみると、交通事故社会問題刑事犯罪行政政策景気動向国際外交運動賭博男性娯楽、すべての記事に彼が大ふくみ爆笑した可能性が出てきた。む。どれだ。むむむ。見ればどれも怪しく感じられる。むむむむむ。
　という推理を私の席より近くで見ていた同僚に開陳すると、あっけなく言った。
「コボちゃんで笑っていたんだよ」