０２・ナビ子ちゃん

　クルマのドアを開け、シートに滑り込み、キーを回す。
「ぽーん。ポンダ・ナビゲーションシステム・開始します」
　ぶるるるん。発進する。
「ぽーん。この先・５００メートル・左折です」
「ぽーん。この先・２００メートル・左折です」
「ぽーん。まもなく・左折です」
　最近のナビシステムはやたら詳しい。
「この先・ずっと道なりです」
「この先・斜め右です」
「ガソリンスタンドを・左です」
　なるほど。
「ぽーん。時速９０キロです・スピードを控えてください」
「目的地まで・あと半分です」
「ただいまの気温は・車外３０度・車内２２度です。冷房のしすぎに気をつけましょう」
「ぽーん。おめでとうございます。走行距離が１００００キロに達しました・エンジンオイルは大丈夫ですか」
「雨が降ってきました。オートマティック・ワイパーを作動します」
　お風呂センサーと同じ原理である。
「まもなく・目的地です。左手に・ポマト銀行です」
　やっと着いた。さあお金を下ろしてこよう。……。さあ戻ってきた。
「ぽーん。ポンダ・ナビゲーションシステム・開始します」
「目的地を自宅に自動セットします」
「ぽーん。急発進です。エンジンにも・燃費にもよくありません」
　……あ。確かに。でも機械の言うとおりにしておけばセーフティ・ドライブってやつかな。
「ぽーん」　何だ。
「通帳をお忘れではありませんか」
　あっ。確かに。ない。きゅきゅきゅ。
「ぽーん。曲がるときはウィンカーを点けてください」
　……何やってんだ、前のクルマ。クラクション鳴らしたろかい。ぶっぶー。
「ぽーん。クラクションは登録商標です。一般名称はホーンです」
　……おれは急いでるの。アイワの製品をウォークマンって言ったっていいじゃない。さあ、また銀行に着いた。どこかなあ、窓口かな。椅子の上かな。早く行かなきゃ。
「ぽーん。アイドリングは環境によくありません。エンジンを切ってください」
　それくらいいいだろう。
「アイドリング・ストップ運動・実施中」
　はいはい。……あったぞ。
「忘れ物には気をつけましょう」
　だから死者に鞭打つような言い方はよせ。
「急発進です。エンジンにも・燃費にもよくありません」　はいはい。
「……ってさっき言ったでしょ」
「ぽーん。黄色信号で踏み込むのはやめましょう」
「ぽーん。窓から腕を出していると持っていかれますよ」
「ぽーん。センターに寄りすぎです。キープレフトって教習所で習ったでしょう」
　うるさいな。あ。腸に膨満感。ぷう。
「ぼーん。臭いです。ガスを出さないでください」
「鼻をほじった手をハンドルを握るのはやめてください」
「カーステレオにあわせて歌を歌うのはやめてください。赤信号で止まったとき女子高生が笑っていました」
「こないだバックしたとき立ち木に後部バンパーをぶつけましたね。痛かったです」
「そろそろ洗ってください」
「いつまでもスノータイヤを履くのは止めてください」
「タイヤの空気圧を点検してください」
「音感が悪いのにグライコばりばりのアンプを入れてもねえ」
「エンジンブレーキを使ってください。ベイパーロック現象が起きますよ」
「だからガスはやめてください。いくら無香空間でも追いつきません」
「ロム替えるか、なんていっちょ前の台詞を言うのは早いです」
「爪を切ってください。痛いです」
「前を見てください。ほら危ない」
「よく教習所受かりましたね」
「しかし日曜日にいくところないんですか」
「コンビニ寄っていきますか、主食のカロリーメイトが切れています」
「この先、２００メートル、左折です」
「ほら止まりました。早く買いにいってください。財布を忘れずに」
「お帰りなさい、でも『プレ○ボーイ』は買わなくていいのですか」
「しかし助手席に誰も乗りませんね。いい人いませんか」
「助手席は席ですよ、荷物置きじゃありません」
「そろそろ３０ですね、いい年でしょう」
「２０００年までに結婚できるといいですね」
「これが本当の２０００年問題。なんてね」
　………。
「そんなに見つめないでください」
「あ、そんな。みんな見ています」
「……あ。やだ。恥ずかしい」