午前いっぱいかけて段ボール第一便出発。確かに電気はつかない。ガスの点検のお姉さんとばったり会う。ガスコンロがあればガスの立会ができるが、給湯器は電気がないと動かない。お姉さんはガスの担当であり、電気のことは管轄外。
私はこの旅で心に期するものがあった。それはシンクフリーラックだ。二年前の入寮のとき、ポーシャは子供心に「シンクの下のスペースには、実家のように、棚を買ってそこに調味料や調理器具を入れよう」と決意し、忙しい引っ越しの最中東京のホームセンターでそれを買った。しかし、学寮のキッチンはミニサイズで、シンクフリーラックが入らなかった。虚しく私は秋田に持って帰り、二年間大切に保管した。寮のミニキッチンと違い、普通のアパートのシンク下にはラックが入るであろう。
はみ出る。
ラックの奥行きは40cm。シンク下の奥行きは30cm。お前もかブルータス。
シンクフリーラックは二度目の秋田行きが決まった。しかしどうしよう。
大学近くのパン屋へ。「このパン、おいしいんだよ」 駐車場がないので私は路上のクルマに残り、ポーシャがパンを買いに行く。
「100円ショップに行きたい」 床用ウェットシートやＩＨの周りに貼るガードテープなどを購入。向かいのコープでおにぎり、助六、プリン、ごみ袋を購入。店員に「カードを作りませんか」と執拗に声をかけられる。
寮へ戻って三人でお昼。パンは六つある。三人で分けよう。「どれもおいしそうで選べない」とポーシャはかわいいことを言う。結局パンはポーシャとスージーで分けた。
「秋田に帰ってからパンを食べればいいでしょ」とスージー。わかっていない。私はポーシャが「おいしい」とほめたパンを食べたかったのだ。おにぎりが残る。この旅はおにぎりばかり食べている。
管理人さんが別の人になっている。「あの管理人さん、昨日が最後の日だったんだって。挨拶できてよかった」とスージー。
新しい管理人さんに声をかけられる。なんだろう。
「クルマを点字ブロックの上に停めないでください」 反省。
私がクルマをどかすと別のクルマが同じ場所に停まった。引っ越しシーズンだから親が来る。当然あの親にも注意するんだよね。親、いない。ニュー管理人、ワイパーに注意文を挟む。
見覚えのある袋がある。「あきたこまち 2022年産」 ポーシャが入学した2023年の春に持たせたものであろう。2kgほど残っている。ドアのそばにあるので何度も目に入る。
「持って帰る？」とスージー。いや古々米はちょっと。
寮の燃えるごみボックスに入れる。ご飯を捨てるなんてひどい罪悪感。五穀豊穣の神様、私はお弁当はふたの裏に付いた米粒から食べる人間です。バチを当てないでください。
午後3時。退寮点検まで1時間。二人はグッズをいちいち拭いて、いちいちビニル袋に入れて、いちいちどの箱にいれるか吟味している。
「もう時間がないんだからもう細かいのは抜きにしてどんどん詰めよう」と控えめに提案した。
「わかってる。そんなことを言って和を乱さないで」とポーシャ。逆ギレとはこのことか。
少しでも手伝おうと洗剤を箱に入れると、「それはこっちの箱に入れたい」。結局ポーシャの手を止めてしまう。そのうち私は考えるのをやめた。
陽も傾いてきた。荷物をアパートに運び入れる。再びガス点検嬢に会うが、状況は変わらない。明日の月曜日にカスタマーセンターに電話するほかない。
その間に女性陣は寮の大掃除をする。私に仕事が回ってきた。トイレ掃除。そうでしょうね。
夜。電気が来ないのでスージーもポーシャもここには泊まらないと主張する。ポーシャは今夜は友達のところに泊めてもらうことにする。スージーは新規にホテルを取る。経済的痛手。
五時前、点検。無事退寮許可をもらう。親は最後なので部屋の写真を撮りたがる。スージーぱしゃ。私もぱしゃ。「もう入らないで」とポーシャ。
ニトリへ。以前家具の話になったとき私は「全部中古品。ハードオフかセカンドストリート」と言っていたが、まったく無視された。
デスク。カーテン。折りたたみテーブル。ウサギマット。ブックシェルフ（机の横に置くもの）。オフィスチェア。ちなみにウサギマットとはウサギの皮で作られているわけではなく、毛足の長いポリエステルが表に貼られた円いマット。ウサギの皮の製品なんてあるのかな、と調べてみたところ、皆さんは「ラビットファー」で検索しないでください。
ベッド。「一万円くらいの折りたたみがいいよ。二年後秋田に帰るときに持ってくることができる」と私。一人暮らしをしたときの経験を開陳する。店員に尋ねる。「こちらのフレーム型ベッドも分解できます」 経験役に立たず。
結局ポーシャは普通のベッドフレームとマットを購入した。合わせて43,000円。
スージーはこの間ずっとスマホをいじっていた。今夜のホテルを予約するのだ。今夜のことなのだからさっさと決めればよいのに、「明日の東京駅に近いほうが…」「こっちが安い…」「安いけれど遠い…」「外国人がやっているところは治安が…」とひとり小田原評定。
ポーシャにLINEが来た。「友達はバイトが12時で終わって帰ってくるのが1時になる」 どんなバイトだ。飲食店だな。大変ですね。
「ツインにする」とスージー。一緒に泊まりたいのだ。
「なにか食べる？」と彼女は言うが、すみません、食べる気力がありません。家族が集まるめったにない機会にこんなことを言うのは申し訳ないけれど、私も眠りに行かないと命が危ないのです。
例のコープでスージーが買い物。彼女もコープカードを作りましょうと誘われたそうだ。もう夜なのに。
二人をホテルに押し込め、ナビ様の言う通り埼玉県の道の駅を目指す。昨日泊まろうとした道の駅がまた満車であるくらいだったら、少しでも秋田を目指す。
ここだ。道の駅ＫＡ。ネットには高速道路も近いのでうるさい、とあるが、私は気にならない。ガードマンがライトを持って警備していたので、貴重ななにかがあるようだ。悩みはトイレが遠いところ。よりによってトイレから最も遠いところにクルマを停めてしまったので、寝起きに便意を我慢しながらトイレまで駆け抜けたのが一番の思い出である。トレパンが紐でなくてゴムにしておいてよかった。それくらい切羽詰まった。
月曜日。あとは帰るだけだが、カスタマーセンターに連絡を取らなくてはならない。東北道を走る。カスタマ開始の10時に栃木県のパーキングエリアで電話する。要件を話す。「調べてみます」
走る。電話が来る。電話に出られない。福島県のＰＡに停まる。電話をかけ直す。ハンズフリーがないので面倒。
衝撃的なことがわかった。
「別の利用者の、別の電気事業者の契約が入っています」
どういうことだ。私が酔っ払って二重契約をしてしまったか。
「東京電力だったらわかるので、それはありません」
「利用者とは誰か、事業者はどこか、わかりませんか」
「わかりません」
なんだよそれ。「これは警察や裁判所に相談する案件ですか？」と揺さぶったり、「どうすればいいでしょう？」と正面から懇願したりしたが、でんこちゃんにも打つ手がない。
「電気は別の事業者ということで、ガスだけの契約にしますか？」
ちょっと切れた。
「それでは意味がないでしょう？ 私は東電さんに電気とガスの両方の契約をお願いしたのですよ？」
「……もう一度不動産屋さんに相談してみてはいかがでしょうか」
逃げたな。
不動産屋さんに電話。
「担当者がいないのであとでかけさせます」
ポーシャから「電気ついたー」とチャット。事情が事情なので特別に電気を流してくれたことが後でわかる。
再び、走る、電話来る、電話出られない、ＰＡ停車、かけ直す。いつの間にかここは秋田県。
「当初は22日にお引越しということでしたよね？ そこでお部屋の点検のため、20日に短期契約をすることしたのです。今日中に契約を取り消しますから」
不動産屋、あなたかっ！ 2025年最大のハラホロヒレハレ。まあ転居を22日から一週間前倒しにしたのはこちらであり、遠因と言えなくもない。
「いやあ大変でした、妻子はその晩ホテルに泊まったんですよ」
お詫びに一日分の部屋賃を返してくれないかな。
カスタマーセンターさんに（急にさん付け）三度目の電話。
「契約解除の確認が取れたら正式な電気使用を始めます」 一段落。
電気の契約は排他的なのは当然だし、個人情報を言わないのも仕方のないことだが、電気事業者同士なら「誰がどの会社の電気を使っているか」わかるようにならないものか。
