会社の厚生行事はチームに分担される。今回は私の属しているチームが担当である。厚生行事とは飲み会のことである。
チームリーダーの貞子さんが自らは店の選定と予約、若いミカさんは司会、そして私は会計係に割り振った。そういえば会計なんてほとんどしたことがない。従来であれば飲酒をしない女性スタッフが会計をすることが多かった。人も少ないので仕方がない。
「集金はどうしますか？ 会場でなくて朝から集めれば余裕ができますよね？」と貞子さん。チラシを作り出欠を取る。
当日。仕事の合間に「預かっておきました」と各チームからの飲み代が来る。袋に個人名を書いたり、名簿を付けたり、それぞれである。「こちらが御芳志、こちらが前回の宴会の残金」 後で確認しようととりあえず集金袋に入れる。
通常業務。もちろんここには書かないが不調。ハプニングの後始末に追われる。気持ちも沈み込む。宴会に出るような精神状態ではない。
イレギュラーも発生する。
「ジャラ銭がいっぱい交じってもいい？」
「今はないので後ででいいですか？」
とりあえずお金を紙幣と硬貨に分け、袋に入れる。とりあえず全員から集金したことを確認する。「とりあえず」ばかりいっているのは余裕がない印だ。
合計金額だけ計算する。105,000円。十万円という大金を預かるなんて久しぶりだ。そうだ立て替えてクレジットカードで支払えばポイントが付く。105,000円の１％は1,050円。ネットでクレジット払いがあることを確認する。
お金をなくすのも怖い。家に置いてきてしまおうか。いやクレジット払いができなかったらそこで詰んでしまう。集団無銭飲食と横領の罪である。
危ない橋は渡れない。お金は持っていくことにする。
お店到着。幹事たるもの三十分前には部屋に入るべきである。早すぎた。ツイッターを見てぼんやり過ごす。
貞子さんとミカさんも来る。座配をする。貞子さんは「お金を持っていると酔っぱらえないですね」と冗談を飛ばす。プレッシャー。
どうもバイトの若者たちの動きがおかしい。開宴の儀式をしていても料理を「受け取れ」と手渡してくる。慣れたおばちゃんなら「お話が終わるまで外で待ちましょ」となるはずだ。
焼き鳥が来る。律儀な人が店員に「これは一人あたりいくつですか」と尋ねる。バイトさんは答えられない。
オーダーも忘れられている。飲み放題なのだから「ジョッキ三つ」くらい頼めばよかった。
バイトさんがおしぼりをたくさん握りしめてふすまを開け、「あ……」と呟いてふすまを閉めたときは時が止まった。
ミカさんと話をする。ふだんは仕事の話ばかりで（当たり前だ）プライベートはよく知らない。ゲーマーだというのでそこから当たりをつけてみよう。
「ゲームが好きなんですよね」
「はい」
「スイカゲームって知っています？」
「やったことはないけれど、人気があるみたいですね」
決め打ち失敗。
「どんなゲームをするんですか」
「ポケモンです」
ポケモンは、知らない。
「ストーリーのあるゲームが好きなんですよ」とミカさん。これに乗ろう。
「私もファイナルファンタジーとかドラクエとかやりますよ。最近はクロノ・トリガーを始めました」
「……」
クロノ・トリガーは1995年発売のゲームである。今は2024年。二十代の彼女は、知らない。
楽しい宴会もそろそろ終わり、私の出番である。自分はレジへ。
「クレジットカード払いはできますか？」
バイトさんは後ろにいた責任者らしき男性に尋ねる。
「すみません、できないんですよ」
「今後の参考のために伺いますが、ふだんはクレジットＯＫですよね？ 今回はどうして駄目なんですか」
バイトさん、再び後ろを向いて伝言ゲーム。
「飲み放題は現金払いでないと駄目なんです」
よくわからない理屈だが駄目なものは駄目なので持っている現金をすべて渡す。領収書をもらう。
二次会へ行く剛の者たちに御芳志を渡す。「前回の残金千円は？」と貞子さん。現金はすべてレジで支払ってしまった。
「会社に置いてきたんですか？」 わかるわけがない。
「置いてきたんなら私たちで千円を出しましょう」 いや、それくらいならあります。
翌日。領収書の金額が間違っていることに気づく。105000円を150000円と書いているのだ。これは書き直しもらわないと収支報告ができない。そうだ、合計金額を間違えるくらいだから、千円を返してもらえるかもしれない。
希望が湧いてきた。再び店へ。ひげのマスターに訳を話す。「会計係を呼ぶから待ってください」とほうじ茶を渡される。
会計係登場。キャッシャーのロール紙を見る。確かに「105000」とある。領収書は直してもらう。
「誤って千円多く渡してしまった可能性があるのですが」と私。
会計係は「領収書の金額を間違えているのですから、お金の確認ができていませんね。千円はお返しします」とは言わなかった。「お金は二人でダブルチェックしているので、間違いないです。領収書を書くときにクレジットカード払いのことを聞かれて答えたので、そこで書き間違えたのでしょう」
クレジットで1,050ポイントを付けるつもりが、1,000円の赤字。会社で探したが、千円は出てこなかった。幹事をするのはコロナ禍を含めて四年ぶり。金額を確認するという最低限度の仕事をしなかったからこうなった。
一番おいしかったメニューは、小ぶりなトマトだった。
