１３０・タフス大学入学ツアーⅧ「別離の夜」
2001年宇宙の旅から二十年以上もたった現在の若者の最大の関心事はワイファイがつながるかどうかである。つながらない。管理人のおじさんが来てつながらないことを確かめた。
お風呂のシャワーカーテンは希望者がもらえる。一人暮らしならどちらでもいいと思うが、スージーが欲しがった。
ワイファイがまだつながらない。
そもそも無線ルータの番号が部屋番号と異なるのがありえない。なんとかしてくれ管理人。
「個人情報だから本人が業者に電話してほしい」と言われた、とスージー。
こうなると原因の切り分けである。ポーシャのスマフォもつながらない。スージーのスマフォもつながらない。管理室に言って直談判。管理室の無線ルータを持ってきてもつながらないのだから、ユーザーであるポーシャの責任ではない。
そうこうしているうちに水道の業者が来る。愛想のいい若い男だ。廊下の壁を開けて点検をしている。
「問題はないですね」
え。水は出ない。
「水圧をチェックするのと、弁を見るのが仕事なので、それ以上はできません」
愛想のいい男は帰って行った。ビジネスライク。
スージーがキッチンシンクに渡す水切りを渡してみた。シンクが小さすぎてはまらない。うまく行かないことばかり。
「水道いつ来るの？」と悲鳴。
私がベランダに行って靴下に砂がついて、荷物に砂が落ちたことにスージーが怒っている。ばれたか。
午後五時。別の水道業者が来る。太ったおじさん。「タオルを持ってきますね」 これは大仕事をする前兆だ。
直る。蛇口を開いたら水が出た。尋ねる。
「減圧弁が長く使われていなかったので固着していました」
ありがとう業者のおじさん。ありがとう。尊敬する。
冷静に考えると管理人さんの仕事はいかがなものか。敷金にあたる入居費三万円を徴収している。大学二年生になると三月二十日には退去しなくてはならない。それから十日間で部屋を掃除し、点検し、次の入館者が快適に使えるようにするべきである。
蛇口から水が出るかどうかも点検しなかったのだ。
ちょっとひどくないですか。
ワイファイも。
ポーシャが接続しようとしてつながらなかったのなら、個人情報の関係でポーシャが連絡するのも仕方ない。しかし管理人さんのルータをつないでもつながらないのだから、個人情報でなくて施設の問題ではないか。
おかしい。私のスマフォでもつながらない。すぐに切れる。
管理人さんがワイファイのパスワードを書き写すときに一文字間違っていたことが判明する。ポーシャが何回試みたと思っているのだ。脱力。
日が暮れた。水は出た。ワイファイはつながらない。ポーシャはなんどもワイファイ業者に電話をかけているがつながらない。これから新生活の手続きや勉強に忙しいのに、そんなことをしていられるか。
管理人室に赴く。
「まだワイファイにつながりません。私たち親は今夜秋田に帰り、子供は一人になります。個人情報の関係で、本人が電話するようにとのことですが、個人情報を入力する以前にワイファイが見えません。どうか管理人さんが手伝っていただけるようにお願いします」
管理人さんも口を開く。背は高いが、頭髪もまばらになっている。
「ご迷惑をかけて申し訳ありません。ワイファイについては別のスタッフが電話をしたところ、『個人情報の問題があるので本人にかけさせて』と言われたそうです。申し訳ありません。水道についてもこちらが足止めしたので、特別に今夜は泊まっていっても結構です」
それは面白い。
選択１。私が会館に泊まる。話のネタにはなるが、ポーシャが嫌がるね。
選択２。スージーが会館に泊まる。私はスージーが泊まるはずだった新宿のホテルに泊まる。スージーが寝るベッドがない。
残念ながら、その一生に一度の申し出は辞退する。
午後七時。スージーは水が出たので部屋を掃除する気力に満ちているが、私はここまでだ。
「ポーシャ、だっこ」
ポーシャは素直に抱かれた。
抱っこというよりは首に腕を回した程度。
保育園のころ、サンクマニエルの抱っこ紐でだっこして、マックスバリュに買い物に行ったね。最初は対面で。それから前向きで。おんぶにも使える紐だが、結局抱っこにしか使わなかった。抱っこ紐は捨てられないで今でもベビーカーといっしょにとってある。
ポーシャ、がんばれよ。いつでも応援しているよ。またな。
スージーが口を出す。「じっこ、変態。離れれ」
君はなにを言っているのか。