みなさんはイオンのアプリ、アイイオンを知っているだろうか。従来のアプリ、イオンウォレットは指定された品物が10％や５％の割引になるクーポンが発行される。アイイオンでは特定の品物が数十円引きになったり、無料になったりするのだ。
無料。いいのか。
こういうのをマーケティングではマグネット商品というらしい。消費者は砂鉄か。
あまり売れていないお菓子やプライベートブランドの餃子が無料になる。「じゃ、せっかくだから買いに行くか」と購買意欲を喚起し、たくさん買った対価としてお菓子や餃子を無償で譲渡するのであろう。ハガキなら時間がかかるが、アプリならリアルタイムで余剰になった品物を景品とすることができる。素晴らしい戦略だ。
先日、私はガソリンスタンドに向かった。家にいる妻のスージーからチャットが来た。
「アイイオンで魚肉ソーセージが無料になるよ」
ガソリンスタンドの隣にはイオンがある。もらってこい、ということらしい。命令は絶対である。
給油を終えてイオンへ。特に欲しいものはない。件の魚肉ソーセージを見つける。アイイオンを起動して画像と比べる。別のものをレジに持っていって「違います」なんて言われたら嫌だ。
ほっとした刹那次の恐怖に襲われる。ほかに何も持たず、魚肉ソーセージだけを握りしめてもらっちゃっていいのか。イオンの販売促進プロモーションとして行なわれているのではないか。レジで
「お客さんねえ、駄目だとは書いていないけれど、常識で考えたらわかるでしょうよ」
なんて言われたらもうこの店の敷居はまたげない。バックヤードで「魚肉ソーセージだけもらう男」として嘲笑され、その店の伝説になってしまうのではないか。
心臓が早鐘を打つ。呼吸が苦しくなる。さだめし顔は紅潮していることであろう。
なるべく優しそうなお姉さんのレジに行く。
「お願いします」
「はい」
ただでもらえた。魚肉ソーセージを。
そのギョニソーをかじっている娘ポーシャは高校三年生である。県外の大学への進学を希望しており、夏に有名奨学金を申し込んだ。私も三十年ほど前その奨学金の前身になった団体を利用しており、抵抗はない。高三のときに面談があり「うまく話せなかったな」という苦い思い出があるだけだ。今でも人前で話すのは苦手である。どもる。
その結果が届いた。
「無利子は駄目だけれど、有利子はいいよ。入学時特別奨学金もいいよ」
給付型（もらう）は無理だとわかっているので申し込まなかった。貸与型（借りる）は有利子と無利子がある。収入面で無利子の条件はクリアできなかった。月に四万円借りる予定なので一年で48万円、四年で192万円。
入学時特別金は私のころにはなかった（と思う）。50万円借りる。入学金が約28万円、そのほか引っ越しや家電、教科書など新生活のイニシャルコストですぐ消えるだろう。
有利子とはいくらか。変動型の年利率は現在0.040％。192万円のそれは768円。無視できる金額だ。
さて入学時特別金は、まず「国の教育ローン」に融資を頼み、それが通ったら国から借り、通らなかったら奨学金団体から借りるという独特な制度である。決まったものは受け止める。書類をそろえる。
予定連帯保証人届。保証人は私。連帯保証人はおじなどだ。三十年前の私も伯父さんに頼んだ。入学祝いにパーカーをくれた。今回も叔父、つまり私の弟に頼む。
「いいよ」
何も聞かず引き受けてくれた。
数日後、「妻が難色を示している」と電話が来た。奥様と通話。「お名前を借りるだけです」「絶対に迷惑はかけません」と懇願。最終的には
「ポーシャちゃん、うちにいらっしゃいよ。ご飯を食べさせてあげる」
と認めてもらった。後できりたんぽでも送ろう。
運転免許証。問題ない。真冬に撮った写真なので分厚いベンチコートを着ている以外は。
住民票の写し。この日のために嫌だけれどマイナンバーカードを取ったのだ。巨額の費用をかけたプロモーション、メリットを挙げられずただ「二人に一人が取っています」としか言えないコマーシャル、複雑なパスワード、持ち歩かないはずなのに保険証と一体化する無分別とそれを強行する愚策。おかしい制度だとは思うが私には平日に役場に行く時間はない。ローソンで発行。最初ロッピで発行しようとして悩む。マルチコピー機だ。200円。
帰宅。「世帯全員の住民票」とある。自分ひとりだけのを取ってしまった。取り直す。さらに200円。
帰宅。「本籍地のないものをご用意ください」 そういえばそういう選択肢があった。サインペンで本籍を塗りつぶす。実害はないが格好わるい。まず説明書を見てから行けばいいのではないか。
源泉徴収票。私はこういう書類仕事は得意でレターケースの決まった引き出しにしまっているのだ。ない。昨年度は出向してレターケースを使っていなかった。ない。事務のお姉さんに謝って発行してもらう。
連帯保証人の源泉徴収票。返信用封筒を入れて弟に頼む。メールで連絡はしているので断ることはないと思うが、待つのは長く感じられる。来た。弟の収入を知りたくはない。こちらは弟の収入を知って、弟にはこちらの収入を知らせないのはなんとなく気まずい。
住宅ローンや公共料金の支払状況を確認できる預金通帳。住宅ローンについてはそのために作った通帳があるので問題ない。問題は公共料金だ。「電気、ガス、水道、電話などが二種類以上、６ヵ月確認できるように」とある。水道はよい。ガスはしていない。電気はクレジットカードで払っているので通帳には明記されない。電話もそうだ。ＮＴＴのサイトを見る。過去の料金の表示。「過去４ヵ月まで」 なんと中途半端な。
ではどうすればいいのかと言うと、「カード利用明細書を預金通帳と併せてご用意ください」。
これはきつい。技術的には楽である。クレジットカードのサイトでちょいちょいと操作すれば、利用明細書のpdfファイルが出来上がる。問題はその中身だ。
「小学館イーコミック」
「ダイソー」
「モスバーガー」
「小学館イーコミック」
「ファミリーマート（店舗名）」
「○○クリーニング（店舗名）」
さすがになにを買ったまではわからないが、どの店を利用したか丸裸である。毎月十日と二十五日に電子書籍漫画を買っていることも。ビッグコミックだ。
そんなプライバシーの塊を半年分印刷する。
すべての書類がそろった。あとは送るだけだ。いつもの長形40封筒（四つ折り用）を使おうとしたら、「宛先ラベルを印刷して、市販のＡ４用封筒に貼ってください」とのこと。
Ａ４用封筒がない。仕事では会社の封筒を使うから、家にはない。探す。あった。地元の銀行の封筒があった。セールスの書類が入っていたのであろう。
いいのか。これから融資を頼むのである。リサイクル封筒でいいのか。足元を見られてしまい「こんなだらしない人にはお金は貸せません」となるのではないか。
悩んだ末に買いに行くことにする。健康とガソリン代節約のため自転車に乗る。いつもの文房具店。臨時休業。一度だけ行った画材屋。休業。結局マックスバリュで「角型２号クラフト封筒」を買う。いい運動になった（負け惜しみ）。
「国の教育ローン」を調べる。年利1.95％。高い。「返済シミュレーション」がある。十年で返す。毎月の返済額は4,700円で、返済総額は550,300になる。国に五万円も取られるのか。消費税か。
ポーシャに聞いてみる。「魚肉ソーセージ、おいしかった？」
「まあまあ」
