一月某日、私は東京に出張した。東京なんて４年ぶりだ。子供のように興奮している。あまりに興奮して、前々日から着替えや飛行機カード、パスポートを準備したほどだ。
午後５時、出張終了。今夜は下条さんと歳三さんと飲む約束をしている。一時間ほど空き時間がある。どこに行こうか迷うところだ。新宿。渋谷。池袋。原宿。どこに行こうか。お洒落な街がいい。
……いつの間にか私は秋葉原にいる。
いいですね秋葉原。血が騒ぐ。走るように量販店やパーツ屋を巡る。一度店を出たら迷ってしまい二度と来ることができないほどだ。おとぎの国に来たようである。
エネループ単三×４本が1,000円。安い。思わず購入。私はカシオのQV-2000というデジカメを使っており、それはちょうど４本の単三電池を使うのだ。
もう一つはブレステスターである。ちょっと前に職場の先輩に見せてもらったやつだ。今のご時世酒気帯び運転で捕まったらそれこそ馘（島耕作的表記）がとぶ。
かつては飲み会の次の日に「有休をください」などと言おうものなら「何を言っている、気合いが足りない、這ってでも来い」と言われたものだ。しかし現在では「有休を取りなさい」と勧められるほどだ。いや、経験はありませんが。まだ。
さて、待ち合わせの上野へ。不忍口の改札集合だ。下条さんから電話。
「仕事が長引いて今から出るので現地集合にしましょう」
仕事とあればやむを得ない。プリントアウトしておいた地図を見ながら不忍池の周りを歩く。前から右から左から人間が歩いてきて交差する。いやあいいね。東京の雰囲気だ。ホテルのネオンが下品にぎらつく。
７時。店の前に到着。待ち合わせは７時１０分、予約は７時２０分とのこと。客引きがうようよいる雑踏だ。もう一度下条さんに電話。なんでそう下条さんにこだわるかと言うと、歳三さんとはこの日が初対面なのだ。顔も本名も電話番号も知らない。歳三さんがどんな名前で予約したのかもわからない。どうやって会えと言うのだ。
例えば現地集合したとしよう。入店した私に店のお兄ちゃんは声をかける。
「いらっしゃいませー」
「あの、予約したものですが」
「お名前は何でしょうか」
「歳三です」
「としぞう……？ 上の名前は何でしょう」
「土方歳三です」
これはちょっと言えない。
そもそもどんな人であろう。知っていることを列挙する。
・『モンスターハンター』に夢中であるらしい。
・関西の方の人らしい。
・最近アパートから締め出しを喰らった。
まったく人物像が浮かばない。雑文の雰囲気からして、古き良き時代の雑文書きテイストを保った人物のように思われるが（それは褒め言葉なのか）、古き良き時代って英語でgood and old daysって言うんだよね。古いと良いの順番が逆だ。これはよくあることで白黒がblack and whiteで、遅かれ早かれがsooner or laterで、お先にどうぞがafter youだ。
待てよ、男性とは限らない。歳三さんがかわいい美少女という手もある。なんかほら、今は歴史の好きな女子が流行りだと言うし。よし、それ希望。
旅で浮かれて都合のいい妄想をしていると、テリーマンが接近してきた。立派な体格、ウェイビー（サンヨーのＭＳＸではない）な長髪、そして整った眉目。目はくっきり二重で鼻筋も通っている。やはりこれはテリーマンだ。
「パトリックさんですか」
「はいそうです」
「どうもお待たせしました。歳三です。今日はよろしくお願いします」
「あけましておめでとうございます」
うろ覚えであるがこんな会話をした。これが二人の出会いである。
７時２０分。入店。金曜日の夜だが抜かりはなく、予約してあるので満席だ。え？ コリアンらしいお兄ちゃんとママらしき人が彼らの言葉で喋っている。入り口で突っ立っている我々。
どうやら「７時過ぎ」で予約したはずが「７時」に受け取られてしまい、「来ないので別の客を入れてしまった」ようである。回転率を考えると真っ当な選択である。
秋田から東京上野まで来たのに予約の店で飲食ができない。雑文としては美味しいネタである。上手に書けているかと言うと１００‰の自信がある。恐縮する歳三さん。
結局この事態は会社の上司部下らしい男女が席を立ったことで解決された。あのあと二人は夜の街に消え、行方は知れない。（伏線ではありません）
歳三さんがこの店を選んだのは、羊串を振る舞いたいからだという。羊串。なんて素敵な象形文字。
串串串串串。こんな感じで炭火の上に串を並べた。金属製の枠があって、焼けた串は枠の上において火から遠ざけるのだという。
羊肉は甘みがあって、むちむちしていて、くさくない。美味しい。ビールが進む。
私はビール、遅れて登場した下条さんはジュースを注文したのであるが、歳三さんはいきなり「マッコリ」である。しかも「壺で」である。また象形文字。メモに「マッコリは壺」とある。一杯目からマッコリを飲む人を、初めて見た。
おもしろいものでまるで古くからの友人のように盛り上がった。
・ツイッターはおもしろいのでやりましょう
・乳頭温泉は気持ちいい
・歳三さんの名前の由来は何か
・福祉関係に転職したそうであるがそれはなぜか
・お勧めのファミコンゲームは何か
・探査機はやぶさにはまったのは「真田さん」動画から
・はやぶさ切手をあげるよ
・名刺を交換した この名刺をあげたのは初めて
・kasumiさんは鉄だ
・第九回雑文祭のＭＶＰは廣さんだ
・シンデレラサーチはおもしろかった
飲んだ勢いで勝手なことを言ってすみません。
最近私は飲むと記憶をよくなくす（最近に限らないかもしれない）。だから携帯電話にメモするようにしている（電話を忘れないか心配である）。確認しよう。
「中央即応軍」「習志野第一空挺部隊」 ああ、そんなことを話したような気がする。
「ＦＦ９」 これは下条さんのお勧めであったか。
「マッコリは壺」 結局私も何杯も飲みました。
「ワタル外伝」「メタルマックス」 これはお勧めのファミコンゲームですね。
「プラスチック」 ？ これがわからない。何がプラスチックであったのか？
そうそう、とくだんのブレステスターを取り出してみた。さっき買ってきたんですよ、と。
さっそく使ってみる。「はー」
「0.00mg」 あれ、けっこう飲んだのに。「はー」
「0.00mg」 アルコールだけの単機能の品は1,980円。これは口臭も測れるもので、2,980円の高級品なのだ。お二人もやってみてください。「はー」「はー」
「0.00mg」「0.00mg」 いや飲んでいない下条さんがゼロなのは当然であるが。ゆっくりやろう。「はー」
「0.00mg」 つかまされたか?! 気色ばむ私。
歳三さんが「説明書を見て正しい使い方をわかってからにしましょ」とその場をとりなしてくれた。
後日判明したことだが、口に突っ込むくらい接近させないと反応しないのだ。いよいよ男三人で回して使うものではない。
