３２・ランナーズ・ハイ４
２０００９年、いやちょっと多かった、２００９年秋。１００㌔ほどの距離を越えて、毎年参加している某マラソンの会場に、私はいる。と三年前と同じ書き出しで始めてみました。
私はこのマラソンにいつも一人で参加しているが、妻スージーを誘ってみた。前回のときは一歳であった娘ももう四歳。父親の走る姿も理解できるであろう。
勧誘する。景勝地であること。名物比内鶏が食べられること。屋台が出てお祭りのようであること。野菜や果物も安いこと。スージーの好きな食べ物でを前面に展開して釣ってみた。
「行かない」
とにかく出不精なのだ。そんなことを言っていると、でぶ症になるぞ。
一人ハンドルを握る。こんなときは熱く走るためのホットなナンバーを、カー・レイディオウから聞きたいものだ。
「天使のモーニング娘。」
「生きる意味を見つけました！」
「仏陀は生まれ変わります！」
「総裁のお言葉」
そうなのだ、今の時間帯は毎年これなのだ。
到着。昨夜の雨で河川敷は湿っている。誘導の係員（地元のおじいさん）ににこやかに挨拶。二時間走ってトイレに行きたくなった。おじいさんに教えてもらう。
簡易トイレだ。くさい。
おまけに水もない。普通水道代わりのタンクがあるものだが。この洗わない手で着替えたり、ましてやコンタクトレンズをつけるのは嫌だ。見回す。水筒。
神様ごめんなさい。特に水の神様。私はスポーツドリンクで手を洗ってしまいました。ばちを当てないでください。
豆知識。トイレは途中で済ますか、会場に行ってからにしよう。
どうしようもないことで一段落使ってしまった。受付で受け付ける。ゼッケン、ＲＣチップ、参加賞の米をいただく。いただくと言っても今は食べません。
選手控え所は広い体育館。新型インフルエンザ対策か、ポンプ式の消毒液がある。ブルーシートとゴザが敷かれている。開いているところに座る。となりには若い女性の集団がいる。ゼッケンをレース用シャツ（ユニクロのティーシャツ）に安全ピンで留める。心が静まる瞬間である。
留め終わると今着ているシャツとレース用のシャツを着替えなければならない。以前は男子更衣室（ついたての陰）で着替えたりしたが、今は何事もなかったかのようにそこで着替えてしまう。これが年を取るということなのか。
開会式に猫ひろしさんが来るとアナウンス。招待選手の一人なのだ。坊ちゃんの教頭を思わせる赤シャツに、下着のようなショートパンツ。やおら、
「ねっこひろし、ねっこひろし」
と大きな動作で手を打ち始めた。芸能人慣れてしていない会場の人も、思わず手拍子を打つ。いい加減に盛り上がってきたところで、
「うるさいわ！」
と一喝。慣れていない田舎の老人を戸惑わせてしまったのではないかと、心配になる。
「昨日から秋田のおいしい食べ物をいただいたので、」 歓待を受けたようだ。
「世界新記録が出てしまうかもしれません」 会場大受け。
なるほど、世界新記録か。この日、私は猫さんにギャグを伝授されました（一方的な思い込み）。
ここで雨が降ってきた。スタートまで一時間を切った。アップをしなければならない。例年なら最期の調整にかけるランナーが二三十人ひしめいているグラウンドには、私を除いて二人だけ。
木の下でストレッチをする。まるで雨宿りのようだ。申し訳程度にジョグをする。いつもはふんわり体重を受け止めてくれる芝は、水をたっぷり吸って一歩ごとにぐちょぐちょ言う。
スタート十分前。ここでドーピングを行なう（合法）。昨日ホームセンターで買った怪しいドリンク剤「パワビタ」を飲む。どれくらい怪しいかというと、十本で４９８円だ。来る途中でも飲んでいるので、二本目だ。何か熱くなってきたよ。
スタート地点。まだ雨は続いている。雨宿りをしよう。ロープをひょいとくぐって、その辺の軒先へ。ライト感覚な住居侵入である。とりあえず「失礼します」と挨拶だけはしっかりしておこう。同志ランナーとしばし待つ。
五分前。ロープ内に戻る。十月の雨に打たれ、体を動かす。ここで元気な女性の声が後ろから聞こえた。
「やばい、わたし体操とか全然してないよ」
まあっ。美人ランナーが「やばい」なんて八九三な言葉を使ってはいけません。「体操とか」という若者言葉も大目に見ましょう。招待選手が１０㌔とは言え、そんなことでいいのですかイチカワさん。同じ招待選手のカネ○ウの人たちが「アップをしっかりして」と言っていたではないか。きっとファンサービスで忙しかったのでしょう。ひょっとすれば北海道マラソン優勝者に勝てるチャンスだ（言うのはタダと、猫ひろしさんから学んだ）。
スタート。前できゃあきゃあ言っている。スターターを務める猫さんの近くを通るランナーが、猫さんとハイタッチしている。体育ジャージで参加している女子中学生が嬉々としてタッチしていく。幸い私もそのコースにいる。こんな中年手前がタッチしていいのであろうか。悩む。
「ハーイ」
タッチしました。猫ひろしさんと。私が初めてタッチした芸能人かもしれない。
走る。いつも通り、最初の２㌔は飛ばす。どんどん抜いていく。２㌔でガソリンが切れる。どんどん抜かれる。足が前に出ない。理由は二つ。一つは、２㌔以上の練習をしていない。もう一つは、きっとパワビタ（二本）で酔ってしまったのだ。
結果は平凡な記録。あとは箇条書きにしよう。
・先行していたイチカワさんとは折り返し地点で出会うはずだが、見つけなかった。後日ランナーらしからぬ地味な格好であると知る。
・吸水を頭にかぶるとやる気が出る。
・靴ひもを締めすぎるとやる気が出ない（痛くて走りにくい）。
・ゴール後、特産あきたこまちのお握りが配られるが、配るのは茶屋娘の格好をした中学生だ。裸足に雪駄。寒い中、ごくろうさま。
・ラストスパートでダッシュをかけて抜いていったら、見知らぬ人と最後の十㍍で競り合いになった。理由は観客が煽ったため。
・昨年からヘルスセンターでの入浴サービスがなくなったらしい。嗚呼。それが楽しみだったのに。でも無料でないと行かない。
・「しらかみ酵母」で作ったパンのホットドッグは大きくておいしかった。名前がいい。「ロングビッグ」
・果物が安い。葡萄ピオーネが八房で５００円だ。八犬伝か。
屋台で食べて、お土産も買って、おさらばだ（お風呂、入りたかったなあ）。インフル対策に手を消毒していこう。
あれ？ 手がしゅわしゅわ言っている。指が溶けた！ 手がなくなってしまう！ 腕の先から体がどんどん溶けていく。どうなってしまうんだ。
ああそうか、おれがビールスであったのか。
記録： ５３分２３秒
総合順位： ２８９位 ／ ５１７人中
種目順位： ６８位 ／ ９９人中
天候： 曇り
気温： １３．２℃
湿度： ９０％
無風