２０・ぽかん
その通知は、机の引出しの奥に忘れていたものだった。
サンタクロースしが私にプレゼントをくれなくなって久しいが、就職してからは形を変えてうれしいものを届けるようになった。
年末調整。
就職して数年は一つもらい忘れていたなどと私らしいエピソードはあるのだが、それはまたの機会に。というフレーズがあって語られることはない不思議。
差し障りがあると困るので特に名は臥すのだが、今まで独占的に手紙を配達してくれた、現在では企業である。その、「ぽかん保険」から「ご契約内容のお知らせ」が届いたのだ。やぎさんナントカ。
民営化になっていくつかの企業に分割されて大変だとか。例えば保険の人は貯金のブースに入れなくなったとか。年賀状シーズンではかつては局員総出でがんばっていたのだが、今では貯金の人や保険の人の手を借りられないとか。聞いた話である。
中身は普通である。問題は外見だ。転居転送のシールが貼ってある。私は引っ越したときにその手続きをした。だがその期間は１２ヶ月。同封のチラシにも「住所や名前が変わったときは手続きしてください」とある。来年サンタさんからの手紙が来ないと困るので、こういうことは勤務以上にすばやく対応する。電話で手続きの仕方を教えてもらう。
「保険加入番号」
「印鑑」
「身分証明」
この三つがあればいいそうだ。
舞台は変わってとあるムーミン局、いや違ったそんな感じの事業所だ。いざ挑戦。黒地にオレンジのラインを散らした、垢抜けない制服の女の子に突入。免許証を見せる。
「これは、古い住所のものですね」
「あ、すみません、保険証があります」
ちょっと前に保険証がカード型になり、さらに家族一人一人に行き渡るようになった。家族で受け渡しをしなくてすむようになったので、便利になったと思っていた。あ。
この保険証には住所が印刷されていない。裏面に住所を書く欄はあるが、それは自筆だ。
お姉ちゃんだけでなく、上司らしき男もやって来た。
「住民票を取ってくるか、運転免許証の住所変更をしてから来ていただくのがいいと思います。ただ住民票は費用がかかりますが」
「住民票の写しでは駄目ですか」
「写し……ってコピーのことですか。住民票はそもそも写しを渡しているわけなので、それをコピーはできません」
なんじゃこりゃ（松田優作ふうに）。運転免許の更新はまだ先だ。住民票に費用をかけるのは、局員も言っているとおり、避けたい。運転免許証の住所変更がロハだということを、この時点では知らない。
頭が沸騰する。なんとか抜け道はないのか。パスポート。もっと昔だ。社員証。ない。学生証。詐欺だ。船員免許。あるかい。住民基本台帳カード。ないって。そう言えば数年前に放送大学に通っていたときの学生証があるはずだ。でも４単位だけ取ってやめた。少ないな。
もうこうなったらやにわに保険証をひっくり返し、裏面に新しい住所をボールペンで書き込み、「これが証明です」と開き直ろうか（作戦Ａ）と思ったが、失敗したらもうここには来られなくなるのでやめた。でもやればよかったかな作戦Ａ。
引き下がる。
そして年末。もうすっかり気持ちがゆるんで、アルファベットチョコや金平糖を口の中で転がしながらネット・サーフィンをしていると、見つけた。ウェブ上で住所変更ができるのだ。あとで確認の電話がかかってくるらしいが、そのときはそのときだ。ポチっとな。
「メンテナンス中なので利用できません」
年末年始は使えないのだ。むう。
ここからはとんとん拍子。
松も開けて同じページにアクセス。思ったより手間がかかるが、市役所や警察に行くよりはいい。
数日後、私が外出している間に、郵便局から電話があったと家内が言う。出たのが本人ではないが、確認をいくつかされ、手続きが終わったとのこと。そんなのでいいのか。それくらいだったら窓口の確認がそう厳しくなくてもよかろう。
そう言えば、印鑑だってないのに。
とっぴんぱらりのぷう。