９・七時起床、気分は無情
困ったことが起きた。
今日は初対面の方に、しかも女性に会うというのに、二日酔いがひどい。
頭痛。虚脱感。むかつき。手の震え。足のふらつき。
会社の研修旅行で、昨日は滅多に行けない、あんなところやこんなところを満喫した。ちょっと公言するにはばかるので、差しさわりのない範囲で申し述べると、ひらひらした女性が舞台の上で歌ったり踊ったりするのだ。ぶんかむらでバレエを見たわけだが。いや素晴らしい演技でした。
年長者の趣味に合わせたか、一次会は懐石料理。どちらかといえばミニ懐石。若いものどうしでどこかに行こうかな、と思ったが、小懐石の招待席が用意されているというので、素直に参加。
二次会で飲んだ日本酒が悪かったか。気の利いた居酒屋によくあるように、「熊本美少年」「山形八海山」などどお品書きが並んでいると、スノッブ気取りであれこれ飲み比べてしまう。日本酒が悪いのでなくて、それだけ量を飲むことが問題である、とわかっているのだがやめられない。
午前７時。これはいかん、アルコールを出さなければ、と飲み物を探す。ジャワティーがあった。コンビニの袋には、冷めたあんまんと肉まん、焼きそばが入っている。ホテルで飲み直しするつもりで買ってそのままだ。飲兵衛はどうしてこうも食べたがるのだろう。
このような面会といえば、四年前に月見と称して飲んだ翌日横浜カレーミュージアムで具合が悪くなって医務室で寝ていたことがあった。みんなで「雑文書きの主食はカレーライス」と楽しんでいるそのときに、サリーを着たお姉さんに導かれビルの薄暗い廊下を潜り抜けて医務室へ。飲兵衛はどうして同じことを繰り返すのだろう。
こうなればあらゆる技を使って酒精を抜かねばならない。まずは水分。ジャワティーが干からびたのどを湿らせながら落下していく。甘露甘露。じゃわじゃわじゃわじゃわー。じゃーわじゃーわじゃわじゃーわじゃーわじゃわわー。じゃわるの、やめ。
次はコーヒーだ。ホテルによくある、「フィルターを組み立ててカップに橋渡ししてお湯を注いでください」式のものが置いてある。しかし３００円だ。そこまで出せるか。もっと言えば、眠気はなくなるだろうが、そんな刺激物、むかむかした胃をつついてねじって逆流させるようなものだ。
その初対面の女性とは、数年前にお会いする約束をしたとき、先方がけがをされて会わずじまいだった。楽しみであり、緊張もする。そんな日にこみ上げる胃液を我慢するなんて。
頭が痛い。そう言えば詩の一節にこんな状況の比喩があった。
「千の天使がバスケットボールする」
いい比喩だ。使いまわしが効く。ほかのスポーツではどうだろう。
「千の天使がゲートボールする」
「千の天使がポートボールする」
「千の天使がミートボールする」
バスケットに戻そう。
「千の天使がパスカットゴールする」
「千の天使がマスケット銃を打つ」
「千のシェルピンスキーがギャスケット図形描く」
もう洒落でもなんでもない。
神様助けて。せめてこの頭痛だけでも抑えてください。私はそんなに日ごろの行ないが悪かったのでしょうか。思い当たることなんて、全くと言っていいほど枚挙に暇がないほどだ。
ああ、せめて飲むまでに牛乳を飲んでおけばよかった。チーズでもよかった。……お酒の量を減らそうという発想にはならないのか。
午前８時。まだ抜けないかと思うが、アルコール分の落ちは未定だ。逆算する。１０時に浅草に集合ということは、９時にはホテルを出る。８時３０分には食事、８時には入浴である。
起きねばならぬ。あと１５分欲しい。いや１０分だけでいいから。いやしかし、今日は遅れてはならぬ。なぜなら、「くだらな共和国」の上条さんと「のろけてむーちょ」の芥川さんとお会いする。上条さんとは、ええと、四回目だが、芥川さんとは生まれて初めてお会いする。死ぬまでもう会わないかもしれないが。なんてことを。
汗にして出そうと、熱めにお湯を張り、入浴。いつもは電気シェーバーだが、出先なので剃刀でひげをそる。なにせ芥川さんは芸能人で言うと「内藤やす子に似ている美人」だという。こちらも「東北の雑文書きで五指に入る男前」に準じるレベルで応対するのが男子の本懐であろう。あごを上げたり、鼻の下を伸ばしたり。ついでに、笑い顔、びっくり顔、泣き顔、七三の構えでモデル顔。痛い、皮膚を切った。七つの顔の七つ目は、スカーフェイス。
さて肉まんと焼きそばをリュックに詰めたままチェックアウト。駅で切符を買う。あ。
浅草へはどういけばいいのでしょうか。
なんだこの初級外国語会話集のような典型的な疑問は。だって路線図に浅草がないんだもの。最終的には地下鉄に乗り換えることは知っているが、どこで乗り換えるのか。
上条さんに電話。ありがとう上条さん。という名前ではない方。
締め付けるような頭痛をこらえ、こみ上げる吐き気に耐えて駅の階段を上りきった私を待っていたのは、「雷門」と大書された名物提灯。一度逆方向に行ってしまったことは内緒だ。
さあ来い芥川さん。余裕で提灯をデジカメで撮り、待つ。
上条さん登場。「どうも」「お久しぶりです」 あれ、一人とは。
「芥川さんは都合が悪くて来られないそうです」
せっかくだからと上条さんと二人で浅草寺見学。金１００円を支払い、おみくじを買う。
「１月生まれは……と」
「凶」
なぜここでエツクスボツクス。
「待ち人来たらず」
それはただの事実だ。
（棒読み）来年もいい年でありますように。