６・星の王子と王女さま
２００３年５月９日、鹿児島にて小惑星探査機「ミューゼスＣ」がＭＶ５ロケットにより打ち上げられた。一般に日本の宇宙開発と言えば「ひまわり」「Ｈ２シリーズ」ぐらいしか知名度がないが、このミューゼスＣは珍しい使命を持っている。１９９８ＳＦ３６と呼ばれる直径約５００メートルの小惑星に接近し、探査して戻ってくるというのだ。
ロケット本体は四段目まで分離し、探査機を切り離す。ソーラーパネルが展開され、およそ１時間後、アメリカとオーストラリアで電波信号が観測された。それは打ち上げ成功を意味する。イオンエンジンを吹かし――と言っても静かなものだが――一路小惑星を目指す。
小惑星は、日本のロケットの父である糸川英夫博士にちなんで、「イトカワ」と命名された。ミューゼスＣも、２７６通の提案の中から「はやぶさ」に命名された。
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彼女と付き合って、３年目になる。まさか自分に彼女が出来るとは思っていなかった。かつての雑文を見れば、「２０世紀中に結婚できるか否か」が散見される。無論それは「できませんでしたごめんなさい」という結論に達したのだが。
さておき、彼女も自分を好いてくれるようであり、もういい年であるし、結婚してもいい頃合いであろう。
とにかく彼女はデートに県外を選びたがる。地元秋田での顔が割れるのを警戒しているのであろう。ここ秋田から、毎回ではないとはいえ、山形や宮城に行きたがる。今回も、三泊四日で東京・横浜方面に行こうというのだ。中学生の修学旅行か。
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はやぶさは「サンプル・リターン」という世界初のミッションに挑戦する。地球スイングバイをかけてイトカワに接近したはやぶさは、その表面のかけらを取ってくるのだ。
と書くと道ばたの石でも拾うようだが、宇宙空間ではそれは至難である。
まず、イトカワと併走（？）し、様子を探る。これは人間が「この辺に降りたらよかろう」と判断を下す。それからははやぶさが自分で判断する。通信でも返事が来るまで３０分かかるし、小惑星による太陽光の照り返しが厳しく、長時間の接近は避けたいところなのである。ターゲット・マーカーという銀色のソフトボールを「ぽいっ」という感じで投げつける。ターゲット・マーカーには発光塗料が塗られているので、それにレーザーを照射するとちょうどいい目印になるのである。
さて近づいてからどうするか。手ごろな大きさの石でもあればいいが、小惑星の表面がどうなっているかなんてそれこそわからない。砂場の子供のようにスコップを突っ込めば、と考えてしまうところだが、そんなことをしたらここは宇宙空間である。はやぶさの方が反動で飛んでいってしまう。
そこではやぶさは考えた（いや、開発者が）。
竹筒のようなものを突き出して地表面に接近し、それを通して金属球を、今度は「えいやっ」と気合をこめて投げつける。地面の岩だか砂だかわからないその組成が漂い、竹筒の中を漂う。カプセルに集め、ふたをして、地球に持って帰るのだ。この間、わずか１秒。
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ホテルのレストランでの夕食を済ませた。こういうのは素面（しらふ）のほうがいいのかなあ、とも思うが、コース料理という誘惑と、緊張感から白を一本空けてしまった。彼女はグラス一杯しか飲んでいない。
部屋に戻る。
どうしよう。いや、心には決めているのだ。この横浜のホテルを予約したときから。部屋に戻ったら、求婚すると。ヒヤシンス。グラジオラス。チューリップ。それは球根。駄洒落を言っている場合ではない。人生の分かれ道だ。今までの人生の分かれ道と言えば、人生ゲームくらいのものだ。彼女も待っているよ、きっと。手を握って「がんばって！」とか、「私にはモテモテですよ」くらいのことは言ってくれそうなものだ。彼女の唇に接吻するのだ。チュー、リップ。
「あ、あのさ」
「歯磨きするね」
なんと言うタイミングの悪さ。彼女はバスルームに消えてしまった。
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はやぶさの地表サンプル回収は、狙いを定め、接地するやいなや離陸することから、タッチ・アンド・ゴー方式とも呼ばれる。「はやぶさ」命名の由来がこれだ。
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今度は落ち着いて窓際に誘い、電気を消す。郊外のホテルの窓からは、満天の星空が見える。
「君にウェディングドレスを着せてあげたい。結婚しよう」
「パトリックさん……」
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ミューゼスＣ打ち上げに先立って、「星の王子様に会いに行きませんか」キャンペーンが行われた。希望者の氏名をアルミ箔に印字し、折りたたんでターゲット・マーカーの球体の中に入れておくのである。これほど大規模に人類の名前を天体に残すのは、このミッションが初めてである。
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「君にプレゼントがあるんだ」
彼女は一瞬期待を顔に浮かべ、そしてあまりにも大きすぎる期待を落ちつけるような表情をした。
「いや、指輪じゃないよ、それはサイズが……。」
サイズがわかっていたとしても、私にはそれほどの度胸はない。
「いま宇宙を飛んでいる探査機が、二人の名前を印字した紙を小惑星に届けてくれるんだ。きっとそれはずっと残るよ。永遠に」
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はやぶさのターゲット・マーカーには１４９カ国８７万７４９０人の名前が入っている。はやぶさは２００５年の夏、イトカワの軌道に到達する。帰ってきたはやぶさが、カプセルを投下するのは２００７年７月の予定である。
当サイトは、小惑星探査機「はやぶさ」とその関係者各位を応援しています。
私は技術的には素人ですので、内容の訂正などはありがたく受け付けます。また「はやぶさ」にかかわらない部分の文章はフィクションです。あしからず。