４・一人ぼっちの冬
僕は一人ぼっちで、クリスマスイブの夜を迎えようとしている。
「ぴんぽーん」
誰だろう。がちゃ。
「らぱぱんぱーん！」
「メリークリスマス！」
なんだ君たちは。
「クリスマス盛り上げ隊だ。おれは隊長のノーズレッド」
「あたしはヒイラギグリーン。クリスマスに一人さびしく暮らしているあなたを盛り上げちゃうぞ（はぁと）」
獅子舞は頼んでいないぞ。
「おれが赤で、こいつが緑」
「人呼んで、『ノルヱイの森』カラーだよ」
１００％の純愛小説かよ。しかし君たちはなぜここに。
「フィンランドの世界サンタ協会から派遣されてやってきたのだ」
鼻先を真っ赤に塗っている人をどうやって信じろと言うのだ。
「はい、お名刺」
《世界サンタ協会 地方区主任 ヒイラギ・グリーン 携帯・持っていません
メール・http://deai.sokuapo.to/index.php?x=12345》
怪しすぎるよ。
「えー、信じてよ、ちゃんとゲームセンターの『名刺クラブ』で作ってきたのに」
しかも「デアイ・ソクアポ」って。
「では始めよう、まずはテーマソングから！ ちゃんちゃんちゃーん、ちゃんちゃんちゃーん」
「ちゃらららちゃっちゃっちゃん」
ジングルベルから青い山脈への「歌が変わるよシリーズ」か。文字ではわかりにくいぞ。
「まずはお部屋チェーック！」
「一人暮らしの部屋にしてはきれいですね、隊長」
「まだまだ甘いな、これを見よ。ＣＤドライブ排出ボタン、ぽちっとな」
「あ、○ＮＥ〜輝く季節へ〜のディスクが入っている！」
わーっ。勝手にイジェクトするな。
「アナタハ、コノげーむヲ、スルタメダケニ、ぱーてぃしょんヲ切ッテ、2000ト98ノでゅあるぶーとニ、シテイマスネ」
何で出し抜けにいんちき宣教師言葉になるのだ。
「だしまき？」
どっちもボケなのか。
「おや、レンタルビデオがあります。『少林ホッケー』 さすが独身のベテラン、時間つぶしが上手ですね」
「『少林ホッケー』って一月にテレビで放送するんだぞ」
せっかく借りたのに。
「ヒイラギ、部屋を見てきて」
「はーい。隊長、長い黒髪を発見しました」
え。なんだそれ。絶対にありえないよ。
「聞いた？」
「聞きました。絶対にありえないそうですね。ふーん、そうなんだ」
嫌味を言いに来たのか。
「いやいや、盛り上げるに値する一人ぼっちかどうかを調べているのだ」
「あたしから差し入れだよ、はい、チキン」
ありがとう。おいしそうだな。君たち、いい人なのか。
「鳥インフルエンザの危険性はあまりないと思うから召し上がれ（はぁと）」
そんなこと言われて食えるか！ 見直して損した。
「まあまあ、おれからは鍋の差し入れだ。スーパーでよく売っている即席セットだが」
どうせ闇鍋とかそんなだろう。
「では次のテーマソングを」
図星かい！
「冗談だ、本当に鍋だ。カセットコンロを借りるぞ」
ああどうぞ。
「来年返すぞ、では失礼」
借りて持っていくなよ！
「それも冗談だ」
その割にはガスボンベまで鞄に入れているではないか。
「具材を入れて、火を点けて……」
ふむふむ。
「この世で一番好きなのは」
「お料理すること食べること」
歌うなっ。
「出来上がり。いただきます。ぱくぱく」
「ぱくぱく、おいしいね、隊長」
「ぱくぱく」
「ぱくぱく」
「ごちそうさま」
「あー、おいしかった」
二人で食べるなよ！ 僕には食べさせないのか。
「占いによると、イブに鍋を食べている二人を黙って見ていると来年は幸せになるらしいぞ」
「そうそう。アメリカで大流行だって。ここで文句を言うと地獄に落ちます」
今、作っただろう。
「ぐりぐらぐりぐら」
ごまかすな。
「盛り上がるにはやはりゲームだね」
「せんだみつおゲーム！ せんだ」
みつお。
「なはなは」
「せんだ」
みつお。
「なはなは」
「せんだ」
みつお。
「なはなは」
「せんだ」
三人でやって楽しいわけがあるか。
「意外とつられるぞ。行数も稼げる」
「やったくせに、ねえ。では第二弾、どびん・ちゃびん・はげちゃびんゲームをしましょう。どびん」
「ちゃびん」
はげちゃびん。
「ひゅー」（と言いながら手をひらひらさせながら万歳）
同じだろう。
「バリエーションとして、土瓶・茶瓶・アカオびんゲームというのも」
やめなさいって。
「まあでも『クリスマスには二人で』っていう風潮が悪いよな。社会全体として、一人身を救済するセーフティ・ネットの役割を果たす何らかのシステムがあればいいのにな」
「独り者には悪魔が棲みつけばいいのよね」
ひどいことを言うな。
「でも、一人ぼっちのまま六十歳のクリスマスを迎えると、仙人になれるっていう噂だよ」
それもアメリカで流行っているのか。
「ううん、これはおととい携帯のメールに入ってきたの。知らない人から。これを五人に回さないと地震が起きます、って」
あんまりそんなこと言うもんじゃない。
「クリスマスに孤独だからって、変なことを考えてはいかんぞ」
考えないよ。
「ホテルや高級レストランを襲撃してはいけない。町でカップルに石を投げてはいけない」
しないって。
「あたしたちが行くとこだったら困るものね」
勝手に行ってください。
「カップルに、水をかけてはいけない」
グレムリンか。
「お子さんの手の届く範囲に置いてはいけない。直火にかけてはいけない。夜に口笛を吹いてはいけない。買ってはいけない」
もういいよ。
「そうだヒイラギ、クリスマスに忘れてはいけないものを用意しているのだったな」
「わーい」
もはやついていけません。
「らぱぱんぱーん！ クリスマスケーキ！」
「細長いから、ブッシュ・ド・ノエルかな。わたし開ける」
それはどうみても「ういろう」ではないか。
「いいえ違います。これは『ないろ』です。小豆（あずき）が入っているから」
そういう問題か。
「ヒイラギに質問。世界で一番長い川は」
ナイロ川って言いたいのか。
「えーと、アマゾン川」
「残念。正解は、天の川でした」
中途半端なとんちクイズだな。
「ではこれにロウソクを立てましょう。あなた、何歳ですか」
趣旨が違う。
「うーんと、見た目でいうと、若く見積もって三十五歳かな」
もっと若いわ。
「ぱくぱく」
「ぱくぱく」
「いけるだろ、ヒイラギ」
「おいしいね、隊長」
やっぱり二人で食べるのか。
「ロウソクはあげるよ」
いらん。
「包み紙も」
食えるか。
「おなかいっぱいだね」
寝るな。テレビをつけるな。あまつさえザッピングするな。冷蔵庫をのぞくな。靴下を脱ぐな。踊るな。爪を切るな。年賀状の準備をするな。尻をかくな。「火ノ鳥」のコミックスを読むな。いい加減にしてくれ。
「やりすぎたようだな」
「だってあたし、長年クリスマスを一人で過ごしている恵まれない方がこちらにいらっしゃるって聞いて、少しでもお役に立とうと……ぐすっ」
ヒイラギさん……。僕、誤解していたのかも。
「泣あかした、泣あかした、先生に言ってやろ」
小学生でも言わないぞ。
「ごめんなさい、あたしの力で、来年のクリスマスはハッピーにしてあげる」
一年後。
僕は一人ぼっちで、クリスマスイブの夜を迎えようとしている。
「りりりりーん、りりりりーん」
ベルが鳴った。誰からだろう。ひょっとしてお誘い？ いやせめて挨拶？ 急遽パーティーに？ ハプニングの予感！ 受話器を取る。
はい、……ですが。
「……（ひそひそ）（やっぱりいるよ）（家にいたの）（しかもすぐに出たよ）（待っていたのかな）」
こら、一年前の赤緑コンビだな。
「メリークリスマス、ヒイラギです。一瞬だけでもハッピーになったでしょ。これでもう、さびしくないから」