194・善意の早贄

ある日妻がこう言った。
「窓のところに刃物がある」
ホラーか。
週末を待って窓を見に行った。
見覚えのあるオルファのサブナイフが、窓枠に置かれている。長さは中指より少し長いくらい。黒いボディに黄色いスライダ。オルファのイメージカラーだ。あわれ、刃には茶色い錆がこびりついている。
いつ買ったかもわからない。ひょっとしたら学生時代からかもしれない。いつもクルマの運転席の近くに置いていた。クルマは替わっても、このナイフだけは常にそばにあった。
商品のタグのビニルを切るとき。ぐるぐる巻きラッピングを切るとき。どこでも切れるはずのマジックカットが切れないとき。持っていてよかった相棒である。その相棒が無惨な姿で酸化している。
ナイフは運転席のドリンクホルダーの近くのくぼみに置いていた。飲み物を取るときにいっしょに触れてしまい、落ちたのだろう。
でもそれならいつも私が車を停めるところ、もっと言えば運転席の近くにあるはずだ。どうして窓枠に?
――善意の早贄。
落とし物を拾った人が目立つように木やフェンスにくくりつけておくこと、だそうだ。踏んづけられたり、風で飛ばされないようにという配慮らしい。
子供がなにかを拾って「これ、落ちてた」と言うときがありますよね。なんらかの本部があればそこにお届けするが、移動中だったら私は正直「めんどうくさいな」と思ってしまう。落とした人は下を見て探すはずだから、そのまま道路に落としていればいいのではないか。
コロナ禍以来「知らないものに触ってはいけません」と言っていいことになったのは、コロナがもたらす数少ない好結果の一つであろう。
かく言う私も早贄をしたことがある。カエルを捕らえて枝に刺したわけではない。出勤時に燃えるごみを出しに行ったら、えり巻きが道に落ちていた。ヴィヴィッドなピンクは子供用であろう。ピンクえり巻きを首に巻いた三歳児の姿が思い浮かんだ。私はえり巻きを金属製の菱形フェンスの穴に通し固定した。立派な善意の早贄、一丁上がりである。
整理しよう。帰宅した私はクルマから降りるとき、サブナイフを落として気付かなかった。
それを見つけた善意の人が、サブナイフを拾って窓枠に置いた。
なんでよ。
運転席のそばに落ちていたら、翌朝気付いて当然でしょう。雨さえ降らなければオルファの刃は錆びずに鈍く光っていたであろう。
拾うんだったら郵便受けとは言わない、玄関ポーチの上にあればすぐにわかるのに。
犯人め、余計なことを。
昭和、平成、令和と生き抜いたビンテージナイフなのに。
それからずっと私は錆びたサブナイフを自室の手に届くところ(テレビのリモコンの隣)に置いている。石原裕次郎か。愛着があって処分できないのだ。未練。ナイフだけに未練を断ち切れないかな。
ナイフがないと困るので、文房具屋でとりあえずオルファタッチナイフを176円で買った。あのカタツムリのような形で、アルファベットのQの字に斜め下に刃が出てくるあれである(説明でもっとわかりにくくなった)。
その後、サブナイフが見つかった場所の近くで麻紐が見つかった。家の壁の足元に桔梗を植えている小さなコーナーがある。この麻紐はなんだろう。
――思い出した。
春になり、スージーから「エアコンのカバーを外して」と頼まれた。去年の秋、エアコンの室外機にカバーを掛け、風で飛ばされないように麻紐で縛った。春になったのでその逆をする。半年間室外機にしがみついていた麻紐を、くだんのサブナイフで断ち切り、ナイフを一時的に窓枠に置いて、エアコンカバーを庭仕事ボックスに入れに行った。そのままサブナイフを忘れた。
犯人は、自分だった。
せめてポケットに入れていたら。
どうにかして刃を研磨できないかな。替刃ってあるのかな。
スライダを外して分解すると、スライダの下にもう一枚の刃があった! まるで赤青鉛筆のように!(例えが昭和で通じるかな) おれのカミソリは2まいばよ!
錆を落として、反対側の刃を使えばいいのだ。
タッチナイフの立場はどうなる。